麦につくカビの一種麦角(ばつかく)から分離された精神異常発現物質。リゼルグ酸ジエチルアミドのドイツ語名d-Lysergsäurediäthylamidの略。正式にはLSD-25という。1943年4月16日にスイスのバーゼルにあるサンド製薬会社で麦角から採った数種のリゼルギン酸誘導体の子宮収縮効果を比較研究していた化学者ホフマンAlbert Hofmannは,落ちつきがなくなり,器具がゆがんで見えたり,幻想が浮かんだりして夢見心地に陥った。眼を閉じると,変転きわまりない幾何学的な図や原色模様が見える。2時間ほどでこの状態は収まったが,実験中の薬が昼食のときに口に入ったので精神異常をおこしたのだと気づいたのが,LSDによる精神異常発現作用の発見であった。体重1kgにつき1μgという微量でこの作用を示すことから,体内でLSDに似た物質が代謝異常によってつくられ,それが脳に働くとヒトの精神病がおきるのではないかという〈精神病の化学的原因説〉に根拠が与えられた。さらに,他の化学物質でそれを弱めることもできるはずだということから,52年に精神病の薬物療法が登場するきっかけとなった。LSDが脳内神経刺激伝達物質であるセロトニンの作用を抑えることがわかってから,LSD-25の発見は精神薬理学の発達をも促し,脳研究を飛躍させるもとにもなった。その精神作用は,単に幻覚をおこすだけではなくて,いままで知らなかった第2の自己に気づかせるという精神展開作用psychedelic effectをも示すので,1960年代に主としてアメリカで,若者たちに愛用され,服用経験者はアメリカの大学生の35%にのぼったという。服用の環境が悪いと恐慌状態bad tripに陥り,ビルから飛び降りたり殺傷事件をおこしたりすることから,社会問題になった。染色体異常をおこすと誤報されて,66年に世界中で使用が禁止された。日本では麻薬取締法で乱用を禁じているが,モルヒネやヘロインなどの麻薬とLSDとはまったく薬理学的特性を異にしている。
→幻覚薬 →向精神薬
執筆者:小林 司
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強力な幻覚剤(精神異常発現物質)リゼルギン酸ジエチルアミドd-lysergic acid diethylamideのことで、ドイツ語のLyserg säure diäthylamidの頭文字をとった略称。1943年スイスの化学者ホフマンの創製で、麦角(ばっかく)アルカロイドの研究中に異常な気分に襲われた体験から発見された。消化管から容易に吸収され、20マイクログラムの少量の内服で知覚異常や幻覚をはじめ、抑うつ、統合失調症(精神分裂病)に類似の症状を呈する。LSDはアメリカにおいて、その幻覚症状がヒッピーとよばれた若者の間で一時愛好され、乱用の結果、麻薬よりもひどい害をもたらしたことから法律によって厳しく規制されるようになった。LSDの幻覚作用は、物がゆがんで見え、壁のしみが人の顔に見えたり、人の顔は漫画化されたように誇張され、彩色感が強まり、極彩色の映像が明滅し、音に触れるような超自然的な感興をおこして異常な心境に引き込まれ、悲観から楽観へ急変したり、逆に不安や恐怖に襲われるなど情動面の変化が激しく、奇抜な空想や妄想的非現実性狂信で忘我の状態となる。
LSDはまだ臨床的応用が確認されておらず、特殊な精神障害をおこすことによって精神生理学、精神薬理学の分野で単に実験的な使用が考えられているにすぎない。クロルプロマジンなどのフェノチアジン系薬物によって拮抗(きっこう)されることがわかっている。日本では1970年(昭和45)2月に、LSDとその塩類が麻薬に指定された。
[幸保文治]
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出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…LKA(amphibious cargo ship,揚陸輸送艦)がある。LST,後出のLSD,LPDも同種の機能をもつ。(c)艦艇を沈下させ,艦に設置したドックから揚陸艇を浮上・発進させるもの。…
…幻覚などの精神異常を起こさせる精神剤では3‐キヌクリジニルベンジレート(BZ)がアメリカ陸軍に採用されている。このほかリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD‐25ともいう)は謀略的に使用される。 対植物剤として除草剤2,4‐D,2,4,5‐Tなどがある。…
…精神展開体験とは,自己内界に注意が向かい,思考力や感覚が高まったと感じ,自他の境が不明になり,人類ないし宇宙への合体感を意味する。精神展開薬は化学的に,(1)β‐フェネチルアミン(メスカリン,アンフェタミンなど),(2)インドール系物質(ジメチルトリプタミン(DMT),サイロシビン,ハルミンなど),(3)副交感神経薬(アトロピン,フェンサイクリジンなど),(4)リゼルギン酸誘導体(LSD‐25など),(5)その他(笑気,ナツメグ,マリファナ,バナナの皮など)に分類されるが,作用の強弱によってマイナー・サイケデリクスとメジャー・サイケデリクス(メスカリン,LSD,サイロシビン,DMT,STP,JB‐329など)とに二大別されることもある。
[幻覚薬の研究史]
中央アメリカでは古くからペヨーテなどの幻覚を起こす植物が知られていて宗教や儀式に使われてきた。…
…これら3種の薬の発見が引金となって,現在までに約200種の精神治療薬が市販されるにいたった。他方,1943年のLSD‐25発見がきわめて微量で精神状態を激変させることを明らかにしたので,精神病も実は類似の毒素が体内で発生すると起きるのではないかという推論が有力になり,精神病の成因や化学療法をめぐって精神化学と精神薬理学が急速に発展することになった。現代精神医学の父と呼ばれるE.クレペリンも実は1892年に薬物が精神作業に及ぼす影響を研究していたし,モロー・ド・ツールJ.J.Moreau de Tours(1804‐84)は大麻による精神異常を観察して《ハシーシュと精神病》(1845)という400ページの本を書いていた。…
…(6)幻覚薬 幻覚,妄想および人格や感情の混乱を生ずる薬物である。メキシコ産のサボテンのアルカロイドであるメスカリン,インドタイマの成分であるテトラヒドロカンナビノール,麦角アルカロイドの誘導体であるリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD),メキシコ産のキノコのアルカロイドであるシロシビンなどが研究されている。なかでもLSDは1μg/kgの少量で多幸感,幻覚など精神分裂病様の症状をひき起こす。…
…セロトニンは脳の活動を高めると言われ,いわゆる抗セロトニン薬はセロトニンの酸化的分解を抑えるために覚醒剤となる。LSD‐25などはこの例である。またレセルピンreserpineは結合性のセロトニンを遊離させ分解を促進するため精神安定作用をもつ。…
…エルゴタミンおよびエルゴトキシンは子宮収縮作用のほかに末梢血管を収縮させる作用もあり,その結果,血圧の上昇が起こるので,子宮収縮の目的には適さないが,片頭痛に効果があるため,他の薬剤と配合してこの目的に多用される。またアルカロイドから誘導されるリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)はきわめて微量で幻覚を生じさせる作用があるため,精神科領域で最も大きく期待される薬物となった。【新田 あや】。…
…一般には,これら法的に定められたものが麻薬とされている。広義の麻薬は,ケシから得られるアヘンアルカロイド系麻薬,コカから得られるコカインなどのコカアルカロイド系麻薬,LSDなどの合成麻薬,そして大麻およびその抽出物の4種に大別される。 これらのうち,前3者については,鎮痛薬,鎮静薬,鎮咳(ちんがい)薬,麻酔薬などとして,医療上,学術研究上重要な位置を占めているため,これらの目的に限って使用が認められている。…
※「LSD」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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