複雑系(読み)フクザツケイ

デジタル大辞泉 「複雑系」の意味・読み・例文・類語

ふくざつ‐けい【複雑系】

数多くの要素で構成され、それぞれの要素が相互かつ複雑に絡み合った系またはシステム。脳、生命現象、生態系、気象現象のほか、人間社会そのものが挙げられる。個々の要素の振る舞いや局所的な擾乱が系全体に大きな影響を及ぼす非線形性、複雑で予測不可能な振る舞いの中にも一定の秩序が形成される自己組織化といった特性をもつ。

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精選版 日本国語大辞典 「複雑系」の意味・読み・例文・類語

ふくざつ‐けい【複雑系】

  1. 〘 名詞 〙 ( [英語] complex system の訳語 ) 多くの要素が複雑に絡み合って成り立っているシステム。従来の要素還元の方法ではとらえられない経済・生命・地球環境などのシステムのこと。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「複雑系」の意味・わかりやすい解説

複雑系
ふくざつけい

人間の脳や社会などのような、こみいった構造と体系をもつものを一般に複雑系という。これとは逆に、構造が簡単で、その動きを予測するのが容易なものを単純系という。単純系は、工作機械のように機能があらかじめ定められた体系になっているが、複雑系は構造や機能を柔軟に変化させる。

[中村量空]

特徴

複雑系は、以下の三つの特性によって特徴づけられる。

 その第一は開放性である。開放性とは、系の外部にエネルギーを放出したり、外部からエネルギーを吸収したりすることを意味している。これに対して、外部とエネルギーなどのやりとりをしない系を閉鎖系という。閉鎖系は単純系に分類される。複雑系はまず第一に開放系でなければならない。

 第二の特徴は非線形性である。非線形性の反対語は線形性である。線形性とは自然数の足し算の効果を意味し、たとえば電池の直列接続のように、3ボルトと3ボルトの合計は6ボルトになるという単純な性質を表している。非線形性は、単なる足し算の効果に何かがプラスされた効果の表れを意味し、漢方薬における相乗効果のように、個々の作用の和よりも大きな効果がもたらされる性質の数学的な表現になっている。

 第三の特徴は、近年とくに注目されている自己組織性である。単純な物質系では、鉄が磁石になるような自発的な秩序化の現象が知られているが、それはあらかじめ定められた単一性の変化であって、多様性を備えた予測の困難な組織化現象ほどには複雑ではない。一方、生物の免疫系や人間社会などの複雑系は、さまざまに変化する外部環境に適応するように、自分自身を自律的に制御しながら多様に変化し組織化していく。このような性質を自己組織性という。開放性、非線形性、自己組織性によって特徴づけられた複雑系が示す諸現象は、その系を構成する要素間の相互作用に還元することができない。複雑系に特有な自己組織化の性質は、要素間の相互作用の内容までも変えてしまう。要素を分離して系全体の機構を探るという従来の科学の方法は、複雑系を解明するには不十分である。

[中村量空]

研究史

複雑系の研究は、19世紀末までさかのぼることができる。フランスの数理科学者ポアンカレは、三つの星が互いに作用を及ぼす三体問題の研究(1892)を通して、太陽系の小さな惑星が不規則な運動をする事例を発見した。彼の考えた惑星運動のモデルは、非線形性をもった方程式で表現されていたために、規則的ではない予測の困難な惑星運動が理論的にみいだされたのである。20世紀に入ると、非線形方程式が生態系の変動モデルに応用されるようになり、1925年のロトカAlfred James Lotka(1880―1949)や1931年のウォルテラVito Volterra(1860―1940)などの研究によって、生態系における捕食者と被食者の複雑な個体数の変化の動向がわかるようになった。系の非線形性を探る研究は乱流や気象変動の解明にも応用され、コンピュータの発達とともに、これまで解析が困難であった非線形力学の分野を発展させる結果となった。

 現代的な意味でいう複雑系研究の新分野の開拓は、1980年代の中ごろから始まった。細分化していく科学の手に負えない複雑なシステム(系)に共通する課題を、「新しき統合」という名のもとに探究する機構が、アメリカのニュー・メキシコ州にあるサンタ・フェ研究所(SFI)でスタートした(1984)。ノーベル物理学賞を受賞したアンダーソンゲルマン、それにノーベル経済学賞を受賞したアローなどが中心となって、物質、生物、社会、情報など広領域の複雑系を研究する学際的な研究者集団がサンタ・フェ研究所で組織された。少し遅れて日本でも、場の研究所所長の清水博(1932― )が提起した「生物学的複雑さと情報」に関する国際的なシンポジウムが開催された(1989)。

[中村量空]

研究の課題

現在の複雑系研究の課題としては、コンピュータを用いた生物の進化過程の解明、社会の発達の複雑性の分析、自然界の混沌(こんとん)とした諸形態の多様性の探究などが、主要なテーマになっている。コンピュータは現代の有力な解析手段であり、コンピュータの内部で人工的に生命を誕生させる研究や、生物の遺伝に似たプログラムの開発も、この分野の魅力的な研究テーマである。組織形態や情報通信の現象には、秩序的でもなく無秩序的でもない混沌としたカオスとよばれる状態があり、このカオスの広がりの縁に複雑度の高い領域があることも近年の研究で明らかになってきた。組織化された社会や経済市場が複雑適応系としてモデル化できるようになり、これまで未解明であった社会形態の複雑な変動を、自律性のある自己組織化現象として研究することが可能になった。複雑系の研究は、物質や生物の複雑性の探究に始まり、いまや広く社会現象の解明にまで発展している。都市形成や経済システムなど、現代の複雑化したさまざまな社会現象の解明も進んでいる。

[中村量空]

『金子邦彦・津田一郎著『複雑系のカオス的シナリオ』(1996・朝倉書店)』『金子邦彦・池上高志著『複雑系の進化的シナリオ』(1998・朝倉書店)』『「複雑系の事典」編集委員会編『複雑系の事典――適応複雑系のキーワード150』(2001・朝倉書店)』『中村量空著『複雑系の意匠』(中公新書)』『吉永良正著『「複雑系」とは何か』(講談社現代新書)』

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百科事典マイペディア 「複雑系」の意味・わかりやすい解説

複雑系【ふくざつけい】

complex systemの訳。すなわち文字通り〈複雑な系〉の意で,カオスや生物の組織・進化・生態から免疫・脳のメカニズム,さらに経済・社会現象に至るまでの,平衡と最適化を求めることが不可能な現象をいう。従来の還元論的・決定論的・線形的科学では捉えられないこれらの系を種々の手法で描出し,〈世界が何をなしうるかを世界自身に語らせよう〉とするのが複雑系(性)の科学。1984年米国に設立され,M.ゲルマン,P.アンダーソン,K.アローらノーベル賞受賞者を含む人材を擁するサンタ・フェ研究所の活動が注目を集め,世界各国で〈21世紀の科学〉として研究されつつある。〈複雑適応系〉〈カオスの縁〉〈自己組織化臨界〉〈創発〉〈人工生命〉などがその主題。ベルグソンの創発進化論,ケストラーのホロン仮説,ポランニー=ハイエクの自生的秩序,プリゴジンの散逸構造・自己組織化論などと直接・間接に呼応しつつ,コンピューター技術の飛躍的発展とあいまって生じた潮流と思われるが,スコラ学の〈存在の類比〉あるいはA.スミスの〈見えざる手〉,ヘーゲルの〈理性の狡智〉の確認に終わるか否かは不明である。

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知恵蔵 「複雑系」の解説

複雑系

海岸線の地形は数限りない波の浸食作用によって複雑に形成され、為替レートは人類の経済活動という統計的な行為の集大成として複雑な曲線を描きながら変動する。科学の分野に現れるこのような複雑な状況を、複雑系という。複雑系における代表的な概念がフラクタル(fractal)とカオス(chaos)である。マンデルブロー(B.B.Mandelbrot)は、複雑な幾何学的図形の中に潜む自己相似性に注目、フラクタルと名付けた。コッホ曲線は、その代表例である。また、生物の個体数の変動に見られるように、時間的に変化する力学系には予測不可能な混沌とした変動が現れることがある。リー(T.Y.Li)とヨーク(J.A.Yorke)はこのような現象に着目、カオスという数学の概念を創出した。複雑系の対象は、自然現象から人間の営みに至るまで広領域であり、その理論は複雑な科学の現象解明に有力な手法を提供しているばかりではなく、芸術、経済・社会問題にも応用されている。

(桂利行 東京大学大学院教授 / 2007年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「複雑系」の意味・わかりやすい解説

複雑系
ふくざつけい
complex systems

厳密な定義はないが,複雑な変化を示す,あるいは高度な構造をもつ物質や生物,現象など,要素の結びつきが複雑で,時間経過に伴う変化がとらえきれないもの一般をさす。従来の学問が事物を要素に分解し,単純化した原理で本質をとらえようとしてきたのに対し,複雑系というシステムそのものを研究の対象にする学問が,特に 1990年頃から,複雑系科学という名のもとに活発になっている。源流はカオス理論にあり,要素に分解できないもの,分解することで本質から離れるものなどを研究する。その範囲は広く,高分子液体,酸化物高温超伝導体(→高温超伝導)などの物理学分野のほか,言語学,経済学などさまざまな分野にわたる。

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