覆面には2種があり,一つは神仏への供物や貴人の食膳を取り扱うときに息のかからぬように,紙や布で口,鼻をおおうこと,またそのおおうものをいう。もう一つは古く男女が外出の際,人に顔を見られぬよう布などで顔をおおうこと,またそのおおうものをいう。後者にも古来いろいろな形のものがあるが,これを分類すると,(1)帯状の覆面,(2)頭巾による覆面,(3)ふろしきによる覆面,(4)笠による覆面,(5)現行の新しい覆面,(6)その他となる。(1)はおもに手ぬぐいを用いるもので,今なおほおかぶりなどに見られるものである。(2)はおもに江戸時代に用いられた各種の頭巾のうち,目から下をおおう形のもので,熊坂頭巾,気まま頭巾,宗十郎頭巾,竹田頭巾など数多く見られる。(3)は正方形または長方形の布を三角に折り,またはそのまま用いて,目だけ出してかぶる。御高祖(おこそ)頭巾,フロシキボッチのたぐいで,おもに婦人が用いた。(4)は深編笠など虚無僧(こむそう)が用いた。(5)は最近,農村の婦人が労働の際用いる作業帽子類で,これも目のみを出して面を隠している。(6)は古い時代に用いられた長い布による於須比(おすひ),あるいは被衣(かずき),虫の垂衣(たれぎぬ)など衣類に近いものである。覆面の発生は明らかではないが,今日なお,全国的に手ぬぐい,ふろしきによる覆面,あるいは新しい形態の作業帽子などを用いて,面を隠しおおう習俗があることは,古い時代の外出の際に面を隠す習俗以外に,労働を行う際,頭から顔を保護し,自然環境から皮膚を守るという役目があったことを意味するものであろう。
執筆者:日浅 治枝子
覆面は,野良仕事をするうえで風や日光をさえぎり,塵芥(じんかい)やアブ,ハチなどの虫を防ぐほか,汗を吸ったり,草木や穂から目を守るなど実際に必要なものである。また,漁師,猟師,鑪師(たたらし)などの職業に従事する者も,作業上の必要から覆面をした。しかし,こうした実用的な目的以外にも,覆面は変身や変装の呪具として信仰的な意味も有していた。変装手段として笠,頭巾,ふろしき,手ぬぐい,仮面などを用いての覆面は,おしろいや灰墨を塗る化粧も含めて,物忌(ものいみ)の状態にあることのしるしであり,また異界との交通や復活再生し新たな人格を獲得する際にも必要なものであった。こうした覆面という変装の呪具をつけ顔をおおい隠すことによって,この世の日常的な秩序から解放され,この世にあってこの世のものではないという状態に参入することが可能となる。このとき,覆面した者は,神または神に近い聖なる存在とみなされるようになるのである。覆面は,この世から異界に参入する際のやつしの手段でもあったから,遊客が編笠で顔を隠したり,また泥棒が火付けなどの悪事をはたらく際にも覆面をした。これは単に顔を見られないためだけでなく,この世の者でないしるしまたは神として行動するためともいえよう。また弦召(つるめそ)(犬神人),節季候(せきぞろ)などの人々も覆面をしていた。また僧の裹頭(かとう)なども覆面の一種といえる。秋田県羽後町西馬音内(にしもない)の盆踊では,両目を除いて黒布で深く顔をおおい隠す〈彦三頭巾(ひこさずきん)〉をかぶって踊るという。盆踊に仮装して踊ることが多いのは,非日常的な状態に移行し精霊たちと交感するためかと思われる。
執筆者:村下 重夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
外出時の防寒用として、また人に顔を見られぬように顔面を覆い包むもの。広義にとらえれば、時代の変遷によりさまざまな覆面をみる。日本最古のものとしては、布で頭をすっぽり包む淤須比(おすい)が知られる。平安時代、僧兵が目だけを残して袈裟(けさ)などで頭を覆った裹頭(かとう)、鎌倉時代の女笠(かさ)に布を縫い付けて垂らした枲(むし)の垂衣(たれぎぬ)、室町時代以来の小袖(こそで)形の被衣(かつぎ)などがある。覆面笠としては、中高で縁(ふち)が広く張る市女笠(いちめがさ)、頂(いただき)が一文字になる一文字笠、人目を忍んで遊里に通う男子の忍び笠がある。主として上流家庭の婦女は外出時に覆面をしたが、近世になると覆面頭巾(ずきん)が多数みられる。風呂敷(ふろしき)頭巾、目計(めばかり)頭巾、宗十郎頭巾、山岡(やまおか)頭巾など、くふうが凝らされて風俗上の流行をみた。しかし顔を隠すことは善人と悪人の区別がつけにくく、犯罪上の取締りが困難なため、再三にわたり覆面禁止令が出されている。
ほかに、神仏の供養など清浄を必要とするときに、息を吹きかけぬよう鼻や口を覆うのも覆面の類(たぐい)である。
[稲垣史生]
字通「覆」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… これらの漂泊・遍歴する人々,旅する人々は,定住状態にある人々とは異なった衣装を身につけた。鹿の皮衣をまとい,鹿杖(かせづえ)をつく浮浪人や芸能民,聖,蓑笠をつけ,あるいは柿色の帷を着る山伏や非人,覆面をする非人や商人,さらに縄文時代以来の衣といわれる編衣(あみぎぬ)を身につけた遊行僧の姿は,みな漂泊民の特徴的な衣装であった。また日本においては女性の商人・芸能民・旅人も多かったが,この場合も,壺装束という深い市女笠(いちめがさ)をかぶり,襷(たすき)をかけた巫女の服装に共通した姿をしたり,桂女(かつらめ)のような特有の被り物(かぶりもの)をするのがふつうであった。…
※「覆面」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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