改訂新版 世界大百科事典 「パワーポリティクス」の意味・わかりやすい解説
パワー・ポリティクス
power politics
国内政治であれ国際政治(世界政治)であれ,政治の本質は権力闘争にあるというとらえかたは,古来,政治的リアリズムの思惟を触発してきたもっとも一般的な政治観である。この視点から遂行される政治をパワー・ポリティクス(権力政治)という。そこでは権力の獲得,拡大,維持が政治行動の規範となる。
この言葉がとりわけ国際政治に関連させて用いられるのは,国際社会固有の構造,すなわち共通の価値観と紛争解決の制度や手続を保証する中枢権力とを欠き,そのため諸国家はそのパワーの行使によってのみ国家目標を達成することができるという,いわばアナーキーな状態が支配的なためである。しかも国際政治ではパワーは最終的には軍事力に帰せられるから,パワー・ポリティクスにおける闘争は,しばしば戦争の形態をとる。国際政治をパワー・ポリティクスとみなす政治的リアリズムの見解は,いくつかの理論的前提に立脚している。第1は,人間は本来的に権力欲をもつ存在であり,しかもその人間性は不変であるということ,第2は,国家利益をめぐる対立は不可避であり,そのための調整は勢力均衡のメカニズムと外交にゆだねられるが,最終的には軍事力としてのパワーの行使による戦争も避けられないこと,第3は,政治的アイディアリズムとは違い,国際法や国際組織によるアナーキーな国際体系の転換の可能性について悲観的であること,などである。
制約
しかし,国際政治を赤裸な権力闘争としかみないのは正しくない。実際にはパワー・ポリティクスは制約を受ける。イギリスの著名な歴史学者E.H.カーが指摘しているように,パワーのあくなき追求は,より高次の倫理的,価値的目的に支えられてのみ可能なのであり,決して軍事力の行使それ自体が他者を動かすものではないのである。また,すべての国家が軍事力を有しているのだから,武力行使には代価がともなう。いいかえれば戦争はかならずしも利益とはならず,その代価の計算が逆に国家のパワー・ポリティクスの行動を抑制していることは否めない。さらに,パワー・ポリティクスの代表的な理論家H.J.モーゲンソーも認めているように,犯罪人引渡しや文化交流に関する国家間の取決めなど,すべての国家の行動がパワー・ポリティクスの動機で起こされているものでもない。今までの国際関係にみられる行動のなかで紛争行動の占める割合は30%程度にすぎず,軍事力行使の比率はさらに小さいことを示す実証的データもある。
パワーの概念
そのうえ,国際政治をパワー・ポリティクスとする政治的リアリズムも学問的には多くの問題がある。パワーを国益追求の手段とする立場をとるにせよ,パワーをそれ自体として追求する立場をとるにせよ,そもそもパワーなる概念自体があいまいであり,そのためにこの言葉を用いる学者や政治家のあいだで見解の一致をみることはない。国際政治におけるパワーを国家の属性とみる場合でも,パワーの構成要素には人的資源,経済力,科学技術水準,貿易,軍事力などの測定可能な要素のほかに,国民の士気,指導者の力量,国民性などの質的な要素も含まれ,厳密に客観的に定義できない。またパワーを影響力関係とみる場合には,別の意味をもとう。フランスの著名な社会学者R.アロンがいうように,パワーは軍事力そのものではない。軍事力の行使がなくとも,またパワーの構成要素がなくとも,他者の意思と行動に影響を与え,支配することもできる場合がある。これはパワーを影響力という関係概念としてとらえているわけであるが,この意味でのパワーの測定はいっそう困難になろう。
このようにパワー・ポリティクスは実際的にも理論的にも制約を受けざるをえない。だが,国際政治の場において,国家がその政治目的を追求する政策と行動様式が,権力的契機に強く支配されている場合のあることは,国際政治を理解するうえで必要ではある。
→世界政治
執筆者:高柳 先男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報