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木割 きわり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

木割
きわり

日本建築における各部の比例部材寸法を定める体系秘伝として伝えられたものであるが,体系的にまとまった木書で現存するものは桃山時代の『匠明』が最も古く,以後江戸時代になって『武家雛形』など各種のものが刊行された。柱の直径を基準とし,他の部材をその何割と定めることで,基本数値が定められる。

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デジタル大辞泉の解説

き‐わり【木割(り)】

木、特に薪用の木を割ること。また、その人。まきわり。
建築物和船の設計で、各部の寸法、または寸法の割合。また、それを決める方式。柱の寸法などを基準とした比で表す。

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百科事典マイペディアの解説

木割【きわり】

古くは建築に必要な部材の寸法を定めて原木より製材することをいったが,転じて単位寸法(多くは柱の断面)を基にした建築各部の木材の大きさの割合をいう。統一的な比例関係が用いられ,日本建築における設計技法の美的規範となった。
→関連項目唐様

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世界大百科事典 第2版の解説

きわり【木割】

建築の部材寸法を実寸法でなく他の部材との比例(割合)で示す方法。木砕(きくだき)ともいわれ,初めは部材の木取りを目的とした技術であったが,後には組上げまで規定するように発展した。また木割術ともいい,木割を記述したものを木割書という。柱の間隔(柱間(はしらま))と柱の太さとを基準とし,長押(なげし)・斗(ます)・垂木(たるき)・屋根などの外部はもとより,床(とこ)・違棚付書院などの内部意匠もすべて部材比例で示す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

木割
きわり

建物の各部材の寸法やその組合せを比例によって定める方式。建物の規模によって違いがあるが、一般に正面で柱間がもっとも広い中央間を基準とし、その10分の1ないし12分の1を柱の太さに決め、この柱の太さの何割かで長押(なげし)、貫(ぬき)、桁(けた)、垂木(たるき)などの寸法を決める。また、垂木を何本柱間に配するか支割を決めて柱間寸法を考え、垂木6本分で組物の大きさを決める六支掛など、細部も定める。木割は古くから工匠がもっていた経験的手法であり、法隆寺金堂でも桁、肘木(ひじき)などの横材には一定の規格があった。奈良時代においては、木材を製材するのに5、6寸、7、8寸とか、断面を5寸(15センチメートル)と6寸(18センチメートル)、7寸(21センチメートル)と8寸(24センチメートル)と決めて規格材の製産に努めている。このような規格材をどのように使うかを工匠は相伝し、また、建物を実査模倣して構成を定め、建物を建てていた。
 建築図として古いものは石川県金沢市・大乗寺所蔵の13世紀末に中国から将来した『支那禅刹(しなぜんさつ)図式』2巻があり、禅宗様の細部などが図示されている。各部材の比例が細かく定められたのは室町時代後期ころからで、法隆寺の工匠に伝えられた『愚子見記』に、長享(ちょうきょう)3年(1489)の奥書のある『三代巻』があったことが記されている。『三代巻』の内容は簡単なものであったが、1608年(慶長13)につくられた『匠明(しょうめい)』は社寺、住宅など各種建物まで、綿密に木割を定めている。江戸時代になると木割書が種々刊行されるようになり、『武家雛形(ひながた)』『数寄屋(すきや)工法集』『大工規矩(きく)尺集』などが知られている。建築と同じように和船の設計にあたっても木割が用いられ、船底の長さの(かわら)1尋(ひろ)(約1.8メートル)を基準とする尋掛り、櫓(ろ)を基準とする櫓掛り、帆1反を基準とする帆掛りがあり、それぞれ部材の大きさを決定した。[工藤圭章]

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