旧法上の制度。狭い意味では,行政庁の処分について,それが違法または不当であるとして不服を有する者が,その取消し・変更等を求めて,行政庁に対してする不服申立てのうち,訴願法(1890公布)に基づく不服申立て,および訴願法時代の,他の法令に基づく不服申立てで訴願という名称を与えられたものをいい,広い意味では,その法令上の名称のいかんを問わず,訴願法時代の行政庁に対する不服申立て一般をいう。訴願法は,不服申立てについての一般法的な地位を占めるものであったが,国民の権利利益の救済という点からみて,これには次のような不備欠陥があった。まず,訴願の対象となしうる事項は,他の法律勅令に別段の規定のあるほかは,同法に列記されたものに限定されており,広く行政庁の処分一般について訴願をなしうるものではなかった。訴願は処分をした行政庁(処分庁)を経由してすべきものとされており,訴願が処分庁によって握りつぶされるなどのおそれがあったほか,処分庁は訴願をした者(訴願人)の訴願書を検討して,訴願を審理・判断する行政庁(訴願裁決庁)に弁明書を提出できる反面,訴願人には処分庁の弁明書の内容を知る機会は認められていなかった。また,訴願の審理手続も書面審理を原則とし,口頭審理は訴願裁決庁が必要と認めた場合にのみなされるにすぎず,訴願人にはこれを要求する権利は認められていなかった。さらに,訴願裁決庁が訴願の対象たる処分を裁決で訴願人に不利益に変更することが許されないか否かも明確ではなかった。このため,早くからその改正の必要性が指摘されていたが,不服申立てに関する現在の一般法である行政不服審査法(1962公布)によって廃止されるまで,訴願法は一度も改正されることがなかった。
なお,現在でも,訴願前置主義という用語が用いられるように,訴願という語が用いられることもあるが,これは旧来の用例に従っているにすぎず,現在では,法令において訴願という名称を与えられた不服申立てはない。
→行政不服審査
執筆者:岡村 周一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
行政作用の違法・不当を理由として特定の行政庁に対して、その再審査を請求する行為をさす従前の呼称。狭義では、訴願法(明治23年法律105号)の適用を受ける行為をいう。訴願法はかつて行政争訟制度の基本であったが、これは国民の権利救済制度というよりは行政庁内部における行政手段として構成されていた。そのため、たとえば訴願できる事項は法律に列記されるものに限り(列記主義という)、訴訟を提起するには訴願を経なければならず(訴願前置主義という)、訴願を提起すべき期間は非常に短く不統一で、審査手続も不備であり、そのうえ解釈上疑義が多いなど、きわめて不備な制度であった。第二次世界大戦前からその改正の必要が叫ばれていたが、1959年(昭和34)にそれを改善するための訴願制度調査会が設けられ、その審議を経て62年訴願法は廃止され、かわりに行政不服審査法(昭和37年法律160号)が制定された。訴願ということばも用いられないこととなった。
[阿部泰隆]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…このうち行政不服審査は,行政機関が行うものであり,また,処分等に関する適法・違法のみならず,当・不当も問題としうる点において,行政訴訟と基本的に異なり,また,不服審査機関は,不服申立てに対応して,一定の判断を行う法的義務を負う点において,行政上の苦情処理と基本的に異なる。
[旧制度]
行政不服審査に関する一般法として,かつては訴願法(1890公布)があった。訴願法は,同法のもとでの不服申立ての形式である訴願の対象となりうる事項を狭く限定していたほか,訴願の審理手続についても,書面審理を原則とし,訴願人の手続的権利の保障に欠けるなど,国民の権利利益の救済に十分なものとはいえなかった。…
※「訴願」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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