デジタル大辞泉 「認知考古学」の意味・読み・例文・類語 にんち‐こうこがく〔‐カウコガク〕【認知考古学】 心の進化を研究する進化心理学を取り入れ、遺物・遺跡の分析から古代人の精神状態を解明しようとする、新しい研究分野。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
最新 心理学事典 「認知考古学」の解説 にんちこうこがく認知考古学cognitive archaeology 認知考古学は,1990年代から確立してきた考古学の下位分野で,人類の認知発達や社会・文化変化における認知的要因を明らかにしようとするものである。1960年代以降欧米では科学的なアプローチを志向するプロセス考古学派が主流となったため,心理学的説明は排除される傾向が強まったが,1980年代にイギリスで登場したポストプロセス考古学派は,意味や象徴などの認知的要因の重要性を主張した。その旗手であるホダーHodder,I.は,認知的要因を考古学的解釈に組み込むためには,歴史的・文化的コンテクストに注意すること,個人や物質文化の能動的な役割にも焦点を当てることなど,今日の認知考古学にとって重要な視点を提起したが,科学主義に対する批判から,解釈の相対性を強調する傾向があり,分析の手法としては構造主義や現象学,ギデンズGiddens,A.の構造化理論などの人文社会学的な枠組みに依拠し,認知科学からは距離をおいていた。1990年代以降,レンフルーRenfrew,C.らの主導で発展している認知考古学は,社会・文化変化における認知的要因の重要性についてのポストプロセス考古学派の主張を踏まえながらも,説明の客観性と科学的方法を重視する。広義の認知考古学に含められることもあるポストプロセス考古学派による象徴考古学や構造主義考古学と区別して認知プロセス考古学とよばれることもある。分野横断的な研究が盛んであり,認知科学,心理学,人類学,霊長類学,神経科学などとの共同研究が進められている。 考古学は,過去の人間の営みの物質的証拠(土器や石器などの人工物から,火を焚いた痕跡や廃棄した食物残滓などの行動痕跡,人骨などの人間遺体まで多岐にわたる)に基づいて社会・文化の様態や変化を研究する学問であるため,認知考古学もこうした物質資料から認知的情報を読み取ることを研究の基礎とする。そのため,人工物の製作・使用にかかわる身体化された知識や動作連鎖,アフォーダンス,カテゴリーなどの概念が用いられることが多い。また,ハッチンスHutchins,E.が提起した分散認知の枠組みも,物質文化を認知システムの一部とみなすことができ,考古学的認知分析に適しているとして注目されている。神経科学との親和性を強調する神経考古学neuroarchaeologyも提唱されている。 認知考古学の研究対象は大きく分けると,解剖学的現代人であるホモ・サピエンスの登場に至るまでの認知進化の過程と,それ以降の社会・文化発達の過程の二つがある。ホモ・サピエンスに至る知能発達過程の研究は,進化心理学の展開や,ドナルドDonald,M.W.ら心理学者による認知進化論にも触発され,活発な分野横断的研究テーマとなっている。心のモジュール性に注目し,領域特異的な認知発達を経た後に,領域間の流動性が高まったことで,芸術や科学,農耕などを生み出す現生人類特有の知能が形成されたとするマイズンMithen,S.J.の説がよく知られている。一方で,ホモ・サピエンスがアフリカ大陸から拡散した6万年前以降は種としての進化は基本的に進行していないはずであるが,その後約4万年前の絵画や造形などの芸術活動の活発化や約1万年前の農耕の開始などの大きな社会・文化変化までは時間的なギャップがあり,サピエント・パラドックスsapient paradoxとよばれている。多様な物質文化を作り出すようになると,それらが外部記憶装置などとしてヒトの認知システムの重要な部分を構成するようになり,より複雑な文化や社会構造を営むことを可能にしたと見られる。こうした文化的な環境と脳の相互作用を理解することは,ホモ・サピエンス出現以後の認知考古学にとって重要な課題となっている。 〔松本 直子〕 出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報