日本大百科全書(ニッポニカ) 「資本主義の基本矛盾」の意味・わかりやすい解説
資本主義の基本矛盾
しほんしゅぎのきほんむじゅん
Grundwiderspruch des Kapitalismus ドイツ語
gründliches Widerspruch des Kapitalismus ドイツ語
資本主義は、経済体制としてさまざまな矛盾をもっており、その進行過程でも種々の矛盾を孕(はら)んだ動き方をするが、そうした諸矛盾が生み出され、存在するについては根本的な矛盾が基になっていると考え、そのような矛盾を「基本矛盾」とよぶ。かつてマルクス主義およびマルクス経済学で頻繁に使われた用語である。
[岸本重陳・植村博恭]
「基本矛盾」というとらえ方
マルクス主義およびマルクス経済学が「資本主義の基本矛盾は何か」という問題を設定するのは、それが唯物弁証法(もしくは弁証法的唯物論)という方法にたって物事を考えるからである。弁証法からすれば、存在するあらゆるものには矛盾が含まれている。矛盾がありながらもその矛盾をてこにしてシステムが成立し、運動が展開すると考える。矛盾は「解消」されはしないが、そうしたシステムや運動の形をとって「解決」されていき、その「解決」がまた「矛盾」をより高い次元で発現させていく、ととらえる。資本主義という経済システムの構造とその運動のダイナミックス(動態)とを考察するにあたっても、そうした「矛盾の構造と運動」によって説明しようとする。したがって「基本矛盾」というとらえ方が用いられる。
[岸本重陳・植村博恭]
「基本矛盾」の内容
通常は、マルクスおよびエンゲルスの表現に従って「生産の社会的性格」と「取得の私的・資本主義的(もしくは資本家的)形態」との矛盾をさす。ここで「取得」とは、生産結果が資本家の所有物になることを意味するが、そうなる根拠は、生産手段が資本家の所有物だということにあるので、「所有の……形態」と表現する人もいる。また生産のほうの「社会的性格」に対応させて取得・所有のほうを「私的・資本主義的形態」ではなく「……的性格」と表現する人もいる。資本主義は工場の大規模化や市場の拡大などによって生産の社会性、相互的依存性を強めていく。しかし生産や分配についての意思決定は、生産手段の排他的所有をもとに、資本家の専権となっており、その結果、恐慌や失業や公害にみられるような、資源浪費と豊富ゆえの貧困が出現すると説明される。また、このような矛盾を克服しようと人々が考えるとき、資本主義は否定されるに至ると主張する。
なお、資本主義のいかなる構造がもっとも問題を孕(はら)んでいるかという点に関しては、このほかにもさまざまな見解がある。たとえば、宇野理論の論者は「労働力の商品化」を資本主義の「無理」としているし、岸本は企業組織内部での労働の支出に焦点をあわせつつ、「労働力の資本化」を「基本矛盾」として主張している。近年、「資本主義の基本矛盾」という言い方はあまりなされないが、資本主義が根本的な問題をかかえた経済体制であるという認識は、依然として重要である。
[岸本重陳・植村博恭]
『宇野弘蔵著『経済原論』(1964・岩波書店)』▽『岸本重陳著『資本制経済の理論』(1975・日本評論社)』▽『K・マルクス著『資本論』(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫)』