日本大百科全書(ニッポニカ) 「資産選択の理論」の意味・わかりやすい解説
資産選択の理論
しさんせんたくのりろん
theory of portfolio selection
経済主体が、不確実性のもとで、どのような種類の資産をどのように組合せて保有し、最適資産構成を達成するかに関する理論。ここで不確実性とは、各種金融資産の収益の将来見込みが確実性をもって予想されるのではなく、その確率分布が知らされているにすぎず、実質的には危険に置き換えられることを意味する。貨幣、債券、株式などの各種金融資産は、流動性、収益性、安全性などの資産の特性が互いに異なっている。たとえば、貨幣は収益がゼロかきわめて低いが、資本損失の危険がゼロのもっとも流動的な安全資産である。債券は預貯金より高い確定的な利子収入をもたらすが、市場において利子率が変動するので資本損失の危険が生じる。株式は利子収入の安定性では債券に劣るが、インフレ・ヘッジに関してはもっとも優れた資産である。経済主体は、こうした相異なる特性をもつ各種金融資産の最適構成を達成しようとするのである。
資産選択の理論には二つの分析手法がある。一つは、J・トービンやH・M・マルコビッツによって展開された平均・分散接近(mean-variance approach)あるいは二母数接近(two parameter approach)であり、もう一つは、K・J・アローや、J・ハーシュライファーによって展開された状態選好接近(state preference approach)である。平均・分散接近は、各種金融資産の数学的期待値(平均値)と、平均値の分散あるいは分散の平方根である標準偏差を不確実性あるいは危険の尺度としてとり、この二つの母数によって最適資産構成を達成するための資産選択行動を説明する。状態選好接近は、フォン・ノイマン‐モルゲンシュテルンの期待効用最大化仮説を資産選択の理論に直接適用したものであり、この仮説によると、経済主体が不確実性のある状況において一定の合理性の公準を満たす行動をとる限り、利得に関する効用関数の数学的期待値を最大化することになる。状態選好接近は、経済主体が保有資産の将来における効用の期待値を最大化するように行動すると考える。
資産選択の理論は、不確実性の下での金融現象を説明するとともに、経済主体の金融面におけるミクロ的行動を明らかにすることによって、現代の金融理論に対して一つの重要な理論的基礎を提供している。
[金子邦彦]
『J・トービン著、鈴木多加史訳『危険に対する行動としての流動性選好』(水野正一・山下邦男監訳『現代の金融理論Ⅰ』所収・1965・勁草書房)』▽『H・M・マルコヴィッツ著、鈴木雪夫監訳『ポートフォリオ選択論』(1969・東洋経済新報社)』▽『貝塚啓明編『資産選択と金融理論』(1970・日本経済新聞社)』▽『館龍一郎・浜田宏一著『金融』(1972・岩波書店)』▽『黒田晁生著『入門 金融』第4版(2006・東洋経済新報社)』