フランスの作家スタンダールの長編小説第二作。1830年刊。素材は、1827年、作者の故郷に近い寒村で某神学生がもと家庭教師を務めていた家の夫人に対して起こした殺人未遂事件にとられている。小説の主人公ジュリヤン・ソレルも、家庭教師として住み込んだレナール家の夫人とひそかに通ずる。そののち神学校に転じた青年は、やがてパリに出てラ・モール侯爵の秘書となり、栄達を夢みるが、ここでも令嬢マチルドと恋愛問題を起こす。2人の結婚が成就しようとする寸前、レナール夫人の告発により事は破れ、ジュリヤンは夫人を狙撃(そげき)する挙に出た。が、獄中で彼は夫人の真の愛に目覚め、従容として断頭台に上る。下層階級の出ながら、才能に恵まれ、野心に燃える一青年の成功と挫折(ざせつ)の物語を通じ、王政復古期(レストラシオン)という閉塞(へいそく)の時代を描破しえた小説として、作者の代表作たるのみならず、ある意味でリアリズム小説の先駆ともいえる。心理小説の傑作としてつとに定評があるが、「1830年年代史」という副題が暗示するように、社会小説、政治小説としての側面も見落とせない。時代を活写する細部に富むとはいえ、それはバルザック風の社会の鳥瞰図(ちょうかんず)というよりは、偽善を唯一の武器として社会と格闘する主人公、明晰(めいせき)冷徹を旨としながらも絶えず己の魂の高貴さ、己の感受性に裏切られ続ける主人公の目を通して、いっさいが見られ、語られるという意味で、主観的リアリズムの体現なのである。題名の意味については諸説あるが、赤を帝政期の栄光、黒を王政復古期の暗鬱(あんうつ)の象徴とみる解釈がもっとも流布している。
[冨永明夫]
『桑原武夫・生島遼一訳『赤と黒』全2巻(岩波文庫)』▽『小林正著『《赤と黒》成立過程の研究』(1962・白水社)』
スタンダールの長編小説。1830年刊。素材は1827年に起きた元神学生の殺人未遂事件。才能に恵まれ野心に燃える貧しい青年の立身出世とその挫折の物語を通じ,王政復古期(1814-30)という一時代を描破し得た小説として,作者の代表作とされる。精緻な心理小説としての評価もさることながら,政治小説・社会小説としての側面も見落とせず,〈1830年年代史〉という副題は意味深い。時代を活写する細部に富むのは事実だが,それはバルザック風の社会のパノラマではなく,たとえば主人公の独白の多用という一事からも察せられるように,視点を局限し,いっさいを作中人物の意識というレンズを通して描こうとする〈主観的リアリズム〉にこそ,作者の独創性は求められよう。作者の意図・方法の斬新さは,無愛想な文体のためもあって当時は理解されず,19世紀後半をまって再評価されることになる。題名については諸説があるが,赤を帝政時代の栄光(ないし軍服),黒を王政復古期の暗黒(ないし僧服)の象徴と見る説が有力である。
執筆者:冨永 明夫
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…フランスの作家スタンダールの小説《赤と黒》の主人公。片田舎の下層階級の出身ながら,才智と美貌に恵まれ,偽善を唯一の武器として立身の道を切りひらいてゆくこの青年は,しばしば野心家の代名詞とされるが,むしろ強調すべきは彼が挫折する野心家だという点であろう。…
…南フランスのカンヌに生まれ,ナチ占領下のパリから南フランスに逃げてきた映画人たちに接して映画や演劇に関心をもち,舞台や映画に端役出演したのちパリのコンセルバトアール(国立音楽演劇学校)に学び,卒業後,舞台でカミュの《カリギュラ》(1945)の主役を演じて人気を不動のものにし,さらにラディゲの小説を映画化したクロード・オータン・ララ監督の《肉体の悪魔》(1947)でブリュッセル映画祭の最優秀男優賞を受賞して国際的なスターとなった。その後クリスティアン・ジャック監督《パルムの僧院》(1948),《花咲ける騎士道》(1952),ルネ・クレール監督《悪魔の美しさ》(1950),《夜ごとの美女》(1952),マルセル・カルネ監督《愛人ジュリエット》(1951),ルネ・クレマン監督《しのび逢い》(1954),クロード・オータン・ララ監督《赤と黒》(1954),ジャック・ベッケル監督《モンパルナスの灯》(1957),ロジェ・バディム監督《危険な関係》(1959)などに出演し,洗練された洒脱な演技と個性の魅力で圧倒的な人気を集めた。1951年以降はジャン・ビラール主宰の国立民衆劇場(TNP(テーエヌペー))に属して演劇に情熱をそそぎ,《エル・シド》《ハンブルグの王子》《ロレンザッチオ》などの名舞台を演じ,またハウプトマンの叙事詩を映画化した《ティル・オイレンシュピーゲルの冒険》(1956)を記録映画作家ヨリス・イベンスと共同監督している。…
… ダダの運動はそのほかイタリア,ロシア,スペイン,オランダ,ハンガリーにも波及した。日本でも1923年,高橋新吉の《ダダイスト新吉の詩》の刊行やダダに接近したアナーキストの詩誌《赤と黒》の創刊がみられ,その後,ドイツ帰りの村山知義を中心に,〈街頭へ,広場へ,絶望へ,虚無へ,アトムの転換へ!〉を合言葉とした《マボMavo》の創刊(1924),〈未来派〉〈アクション〉〈マボ〉グループの公募展〈三科会〉への合流,村山知義の詩,美術,演劇,舞踏を合成した〈劇場の三科〉などが続いたが,その熱気もアナーキズムが共産主義に再編される過程で数年で消えた。 リヒターによれば,〈ダダには綱領がないだけでなく,徹頭徹尾反綱領的であった。…
…クロポトキンの著作に大きな影響を受けた。23年,岡本潤,壺井繁治らとアナーキズム詩誌《赤と黒》を創刊,次いで詩誌《ダムダム》や前衛美術雑誌《マヴォ》に参加するなどアナーキスト詩人として活躍。25年,詩集《死刑宣告》を刊行したが,その虚無的な心情を絶望的狂躁に転換した内容と,大小の活字や記号を駆使したダイナミックな紙面構成とは詩壇に大きな衝撃を与えた。…
※「赤と黒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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