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車善七 クルマゼンシチ

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デジタル大辞泉の解説

くるま‐ぜんしち【車善七】

江戸時代、江戸浅草で、代々、非人頭を勤めた者の称。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

車善七 くるま-ぜんしち

江戸時代の非人頭。
江戸浅草で代々車善七を名のる。弾左衛門の支配下に属し,小塚原刑場での仕置,浅草溜(ため)での病囚や無宿人の収容,大道芸人の管理などにあたる。享保(きょうほう)4年(1719)町奉行所に弾左衛門の支配から脱したいと訴えをおこすが,7年評定所の裁定でやぶれた。明治4年いわゆる解放令でこの職は廃絶された。

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朝日日本歴史人物事典の解説

車善七

江戸後期の非人頭。世襲名。寛政12(1800)年8月の『弾左衛門書上』には非人頭・浅草善七,品川松右衛門,深川善三郎,代々木久兵衛,木下川久兵衛の5人があげられている。しかし,天保13(1842)年2月の同書上には木下川久兵衛はない。明治時代の『朝野新聞』の「徳川制度」では,頭領・浅草車善七,支配頭・品川松右衛門,中橋次郎兵衛,四日市新四郎,谷の者長兵衛,千住市兵衛,深川善三郎,浅茅ケ原惣左衛門,代々木久兵衛の9人と記している。 車善七の管轄地は新橋を境に千住大橋まで,南は六郷川まで松右衛門,本所・深川は善三郎,山手は久兵衛。善七は小塚原,松右衛門は鈴ケ森の刑場の公務を担当した。権限は善七が最大であった。非人頭は穢多頭・弾の支配を受ける。この支配離脱をめぐり善七が町奉行に提訴したが,享保7(1722)年の判決で敗れ,弾の善七支配が確定した。善七の居所は,江戸切絵図に浅草・新吉原西南の隣接地。非人担当公務は警察・刑務・消防・清掃など。浅草の「溜」に重病囚人を預かり,芸能賤民乞胸頭・山本仁太夫を支配した。善七の先祖は①上杉景勝・臣・車丹波②佐竹常陸介義宣・臣・車丹波守。丹波の息・善七は父の仇・徳川家康を討ちもらし,捕らえられ,非人(乞食)の身分に下がると由緒書にある。明治4(1871)年8月,太政官布告により平民籍に編入。車家の墓所は不明。

(荒井貢次郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

くるまぜんしち【車善七】

江戸の浅草の非人頭(ひにんがしら)が代々襲名した名。そのはじまりについては,徳川氏のために磔刑に処せられた秋田藩家老の車丹波守の近親にあたる善七というものが家康の命をねらったが捕縛され,のちに助命されて非人頭の地位を得たとか,また1608年(慶長13)に江戸町奉行より非人頭を仰せつけられて,浅草の元鳥越(もととりごえ)に500坪の地を付与されたとかの諸説があり,さらには三河国(愛知県)渥美(あつみ)村出身の祖先が家康の江戸入り当時すでに浅草の大川端界隈に住んでいたとも伝えられているが,たしかなことはわかっていない。

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大辞林 第三版の解説

くるまぜんしち【車善七】

江戸時代の非人頭。代々この名を称した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

車善七
くるまぜんしち

江戸時代、浅草北方に居住していた江戸およびその周辺で最有力の非人頭(がしら)代々の称。1800年(寛政12)の書上(かきあげ)によれば、江戸の非人小屋734軒中、善七手下(てか)は368軒を数え、1841年(天保12)の調査では、江戸の非人5632人中、浅草非人頭の手下は4029人を占めていた。江戸とその周辺の非人小屋に収容されている非人は、非人頭から鑑札を与えられ、市中で勧進(かんじん)することを公認されたほか、くず拾いなどに従事した。善七をはじめ、品川の松右衛門(まつえもん)、深川の善三郎、代々木の久兵衛など非人頭は穢多頭弾左衛門(えたがしらだんざえもん)の支配を受けた。非人は、穢多とともに、平民身分(農工商)の下位におかれた賤民(せんみん)身分であり、厳しい差別待遇を受けた。江戸の非人は、弾左衛門の命令のもと、彼の手代や善七や松右衛門の指図で、小伝馬(こでんま)町や小塚原(こづかっぱら)(浅草北部)、鈴ヶ森(品川)の刑場へ駆り出され、残酷な任務に従事させられたり、罪人の護送に使役されたりした。身分的には素人(しろうと)で銭や物を乞うた乞胸(ごうむね)は、稼業のうえでは乞胸頭を通じて浅草非人頭の支配を受けた。[成澤榮壽]

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