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代々木 よよぎ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

代々木
よよぎ

東京都渋谷区北部の地区。江戸時代は村落であったが武家屋敷も置かれていた。地名の由来には諸説があるが,近江彦根藩井伊氏の屋敷 (現在の明治神宮境内) にモミの老大木があったことによるなどといわれる。明治になって皇室の御料地となり,1915年,明治神宮内苑が造営された。その南方には旧代々木練兵場があり,跡地は代々木公園として開放。 1964年,国立競技場,オリンピック選手村 (→国立オリンピック記念青少年総合センター ) が建設された。

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デジタル大辞泉の解説

よよぎ【代々木】

東京都渋谷区北部の地域。明治神宮があり、もと井伊家の下屋敷でモミの老木があったことからの名という。

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百科事典マイペディアの解説

代々木【よよぎ】

東京都渋谷区北部,山手線代々木駅周辺の地名。江戸時代は井伊家の屋敷以外は原野であった。北半部は住宅地であるが,南半部はかつての代々木練兵場の地で,第2次大戦後は米軍の住宅地ワシントン・ハイツ,さらに1964年東京オリンピックの選手村となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

よよぎ【代々木】

東京都渋谷区北部,JR山手線代々木駅から原宿駅にかけての西側一帯の地名。現在,代々木の名をもつのは,オフィス街および高級住宅地である代々木1~5丁目と元代々木町,それにおもに明治神宮内苑および代々木公園からなる代々木神園町である。神宮内苑は,もとは彦根藩主井伊氏の屋敷地で,邸内に江戸随一の古木で,〈代々木〉と呼ばれたモミの老大木(第2次大戦で焼失)があったことが,地名の由来といわれる。このあたりは代々木野と呼ばれた鷹場であったが,1909年代々木練兵場が開設された。

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大辞林 第三版の解説

よよぎ【代々木】

◇ 東京都渋谷区北東部の地名。明治神宮・代々木公園などがある。
〔本部が代々木にあることから〕 日本共産党のこと。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕代々木(よよぎ)


東京都渋谷区北東部の地区。
明治神宮がある緑地地域で、かつての代々木村の村域に相当する。旧陸軍練兵場跡を利用し、東京オリンピックの選手村がつくられた。選手村跡地の代々木公園や、国立代々木競技場などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

代々木
よよぎ

東京都渋谷区北部、明治神宮を中心とする地区。代々木のつく町名に代々木1~5丁目、元代々木町、代々木神園(かみぞの)町がある。南に隣接して、国立代々木競技場、NHK放送センターのある神南(じんなん)がある。神宮内苑(ないえん)は江戸時代には彦根(ひこね)藩主井伊家の下屋敷地で、その邸内にモミの老木(代々木)があったことが地名の由来という。いまも境内にその碑がある。明治神宮は1920年(大正9)完成、都民の鎮守として親しまれている。旧代々木練兵場跡は、アメリカ軍の宿舎ワシントンハイツを経て東京オリンピックの選手村から都立代々木公園へとかわった。JR代々木駅・原宿駅があり、さらに小田急電鉄、東京メトロ千代田線、都営地下鉄大江戸線が通じている。[沢田 清]

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