改訂新版 世界大百科事典 「農地排水」の意味・わかりやすい解説
農地排水 (のうちはいすい)
農地の水分環境を適正に保つために,地表や地下の過剰水を排除すること。日本では平均年間降水量が1800mmくらいで,世界全体の平均値の約1.8倍といわれる。しかも梅雨季や台風時など特定の時期に集中して降る傾向にあり,農地,農作物などに大きな被害をもたらすことが多い。そこで古くから,河川堤防,排水樋門(ひもん)などを作り,外水の浸入を防いできた。昭和20年代から排水ポンプの実用化に伴い,地区内の地表水を早期に排除し,湛水(たんすい)被害の軽減を図ることが行われ,農地の拡大と食糧増産に寄与した。昭和30年代から農業機械の普及につれ,地下水位の低下を図って地耐力を増強させ,圃場(ほじよう)へ機械の導入を可能とした。同時に,地下排水による乾田化は,作物収量の安定化,裏作導入など生産性の向上をもたらした。近年,米の過剰生産を基調にした農業再編成の社会的要請から,水田においても畑作物を栽培できるような農地の汎用(はんよう)化を図るため,きめ細かな排水管理が指向されてきている。また,農地をとりまく土地利用形態の変貌や農村生活様式の変化などから,農業用排水の水質の悪化が著しくなっており,このため農地とその周辺を広く含む広域的排水対策も必要となってきている。すなわち農業の生産的側面のみならず,農村集落の汚水処理,自然への還元などのリサイクルシステムをも含める方向に向かいつつある。世界的視野からみれば,雨量の少ない乾燥地帯においても除塩のための排水が必要とされている。蒸発散による地下からの水分上昇に伴って作土層にアルカリ塩類が集積され,それが作物の生育を阻害するので,灌漑水を補給しつつ適切な排水によってリーチング(溶脱)させるのである。このように作物の生育条件や農作業の労働条件を改良し,高度の営農を保障するための排水は,灌漑と表裏一体となって,地表および土壌水分をコントロールすることを目的としている。
降雨時に圃場に供給される雨水や灌漑水は,一部地下浸透や蒸発散となるが,多くは地表排水として排水路へ直接排水される。残りは地表残留水および土中水として一時圃場に保留されるが,やがて蒸発散や浸透水となる。排水を促進させるためには,圃場に溝(明きょ)や暗きょを入れて積極的に地下排水を行う(暗きょ排水)。各圃場から流出した地表および地下排水量は排水路を流下し,道路,集落などからの雑排水をも合流し,ときには地区外からの流入水をも含めて,最下流部で地区外の河川,湖沼,海などの外水側へ排除される。外水が逆流しそうな地区では堤防を築き,排水口にゲートやポンプなどが設置される。地区外への排水方式としては自然排水と機械排水に大別できる。自然排水は自然の土地の高低差を利用し排水門,排水樋門,排水樋管などを通して排除するものである。自然排水が可能かどうかは,外水側の水位(外水位)と内水位との水位差によって支配される。外水位が高くて自然排水が完全には行われないときは一時的に湛水を許容させるが,許容できない場合にはポンプを用いた機械排水を行う。自然排水の方が施設の設備費や維持管理費が少なくてすむから,できるだけ自然排水方式を採用するようにしている。したがって,同一地区の低位部のみを機械排水とし,他は自然排水となるように排水系統を組み替えたり,外水位が高くなる時間帯だけ機械排水とし,その他の時間では自然排水に依存するような併用方式も多い。
排水の計画対象としては,洪水時排水と常時排水とに分けて考えることが多い。洪水時排水では,農地にはんらんしたり湛水することを防止するための地表排水が主目的となり,排水量は大きい。通常,10年に1度の確率で発生する豪雨の場合でも,湛水被害が生じないことを目標にして計画排水量を決め,これに対応して排水路や樋門,ポンプなどの排水施設の容量が決められている。水稲は比較的湛水に強いので,一般に30cm程度の湛水深までは被害が軽微であるとみなして許容している。また水田に貯留機能があることから,降雨時の流出は長時間にわたって緩やかに生じる。他方,畑作物の場合には,湿害発生の限界が作物によって差があるけれども,一般には湛水被害が大きいので,無湛水状態が保持されるよう排水を促進させる。このため流出量のピークが大きくなり,排水施設の容量も大きくする必要がある。水田単作地帯では従来,1km2当り1m3/s前後の計画排水量とされることが多かったが,昨今,農地の汎用化などの要請から,計画排水量はかなり大きい値になりつつある。常時排水は水田の余水,雑排水,地下水の排除を目的とするので,排水量自体は大きくない。しかし地下水位を早期に低下させるためには,排水路水位を低く保てることが条件となり,排水施設の設計上重要視される。洪水時も常時も同一の施設を利用することが普通であるから,圃場から地区外への排水口まで,バランスよく機能する排水施設と管理運用体系が必要とされている。
執筆者:豊田 勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報