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近藤平三郎 こんどうへいざぶろう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

近藤平三郎
こんどうへいざぶろう

[生]1877.12.11. 静岡
[没]1963.1.17. 東京
薬学者。 1900年東京帝国大学薬学科卒業,陸軍薬剤官となる。長井長義のもとで薬用植物の成分研究を続け,07~11年ドイツに私費留学,有機化学,物理化学,放射能測定法などを学ぶ。 15~37年東京帝国大学教授,また乙卯 (いつう) 研究所を創立 (1924) し,理事長兼所長となる。生薬の原料である植物アルカロイドの化学構造の研究で知られ,多くの新種アルカロイドを分離,発見した。東京大学名誉教授,日本薬学会会頭,日本学士院会員などを歴任。 58年文化勲章受章。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

近藤平三郎 こんどう-へいざぶろう

1877-1963 明治-昭和時代の薬学者。
明治10年12月11日生まれ。陸軍薬剤官のまま母校東京帝大で長井長義(ながよし)にまなび,大正4年教授となる。天然物有機化学,とくに薬用アルカロイドの研究により昭和3年学士院賞。12年日本薬学会会頭。33年文化勲章。昭和38年11月17日死去。85歳。静岡県出身。

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大辞林 第三版の解説

こんどうへいざぶろう【近藤平三郎】

1877~1963) 薬学者。静岡県生まれ。東大教授。乙卯研究所創立。植物アルカロイドの研究に業績を残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

近藤平三郎
こんどうへいざぶろう
(1877―1963)

薬学者。静岡県松崎に生まれる。1900年(明治33)東京帝国大学医科大学薬学科を卒業、陸軍薬剤官となる。陸軍派遣の最初の薬学科大学院生となり、長井長義(ながよし)教授の下で植物の成分研究を行った。薬学博士。1907年ベルリン大学に留学し、リーベルマン教授に有機化学、ネルンスト教授に物理化学を学ぶ。1915年(大正4)東京帝国大学教授に就任、薬化学講座を主宰した。同年、乙卯(いつう)研究所を創設し、共同研究で天然物有機化学の発展に力を注いだ。世界の学者と覇を競い、各種アルカロイドの独創的発見により1928年(昭和3)帝国学士院賞を受賞した。東大名誉教授、日本薬学会会頭、日本学士院会員ほかを歴任。1958年(昭和33)に文化勲章を受章。藤園と号した。高邁(こうまい)な学識に傾倒した門下から文化勲章の落合英二、津田恭介、学士院賞の富田真雄(まさお)、上尾庄次郎(うえおしょうじろう)ら多数の逸材が輩出した。[根本曽代子]
『近藤平三郎著『アルカロイド研究の回顧』(1956・藤園会) ▽根本曽代子著『藤園・近藤平三郎回想』(1964・広川書店)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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