不法行為・債務不履行による損害賠償に当たって,現実的損害とならんで財産的損害の損害賠償額算定の重要な要素となる概念。得べかりし利益,消極的損害ともいう。現実的損害が被害者・債権者の現に保持している財産の喪失を意味するのに対して,逸失利益は不法行為・債務不履行がなければ被害者・債権者が本来取得しえたはずの財産上の利益の喪失を意味する。たとえば,交通事故において被害者が着ていた洋服に受けた損傷は現実的損害であるのに対して,被害者が負傷を治療するため一定期間仕事を休まざるをえなかったことによる所得の喪失は逸失利益に該当する(休業損害)。また,債務不履行の分野では,商品の買主がこれを他へ高価に転売する予定であったところ売主が商品を期日に引き渡さなかったため,予定どおりに転売できなかったことによる損失も逸失利益に該当する(転売利益の喪失。もっとも,これについては売主がそれを予測していたかどうかが問題となる)。
このような逸失利益の算定に当たって最も問題となるのは死者の逸失利益である。不法行為または債務不履行によって死亡した者については,現在の判例・学説の基本的な考え方によると,死者をあたかも労働する機械と同様に考え,その者の生涯所得を算定し,そこから所得を得るための費用(生活費)を控除した金額が賠償されるべき純所得であり,それが死者の逸失利益として遺族に相続されることとなる。生涯所得の算定に当たっては,有職者であれば死亡時の収入が基本となる。サラリーマンの場合には,就業規則等で昇給が定められているときには,その給与表が基本となる。また,その企業の定年制の有無を問わず,60~65歳程度まで就業可能であると判断されることが通常である。問題は,幼児その他の年少未就労者および専業主婦の逸失利益である。年少未就労者については,高校卒業時である18歳以降就労するものとして,男子または女子の平均労賃にもとづいてその生涯所得が算定され,専業主婦についても女子の平均労賃にもとづいて算定されるのが一般的である。この生涯所得の算定に当たって注意を要するのは,生涯所得は将来生ずる所得であり,それを現時点で損害賠償として一括支払を受けるということは,いわば所得の先取りであり,衡平を欠くこととなる。すなわち,たとえば5年後の年収を現時点で受領するとすれば,被害者は5年間その金額を運用することが可能であり,被害者が生存していたならばその所得を得たであろう5年後の時点では5年間の利息分だけ過剰な所得を得ることとなるので,将来の年収について各年ごとに利息分を控除することが必要となる(中間利息の控除)。たとえば,年収500万円の被害者が今後20年間その所得を得るとすると,名目的には生涯所得は1億円になるけれども,中間利息として民事法定利率である年5分を単利方式で控除すると約6800万円になる(〈ホフマン方式〉の項目参照)。また,生活費として単身者については所得の2分の1,世帯主については3分の1を要すると統計上認められているため,その金額がさらに控除されることとなる(先の例で被害者が世帯主であれば,その者の生涯純所得は結局約4500万円となり,これが賠償されるべき逸失利益となる)。
このような逸失利益は,現実的損害と異なり,仮に不法行為・債務不履行がなかったならば被害者・債権者がどのような経済状態になったであろうかということを事後的に推測するものである。このため,死者の逸失利益の算定がそうであるように,その者が何歳まで働くであろうか,どの程度の所得を得るであろうか,生活費にどの程度費消するであろうか等という点については統計的資料にもとづいて算定する以外に方法がない。このため,算定根拠・算定方法について紛争を生じやすい。さらに,そのような仮定自体が非現実的な様相を呈する場合もある(たとえば,幼児の逸失利益の算定に当たっては,数十年にわたるその者の人生の経済的側面を推測することとなる)。このため,算定根拠の合理性に疑問が呈されることも少なくない。
→損害賠償
執筆者:栗田 哲男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 みんなの生命保険アドバイザー保険基礎用語集について 情報
出典 自動車保険・医療保険のソニー損保損害保険用語集について 情報
…慰謝料請求のこのような取扱いをさらに一歩進めて,財産的損害の賠償についてその金額の証拠による証明が困難であるが,財産的損害があることは確実である場合にはそのことを斟酌(しんしやく)して慰謝料額を定めるという扱いが,下級審判例を中心に実際に行われている(慰謝料の調整的機能)。このような取扱いが生じるところからもうかがえるとおり,人の身体や健康が害される事故においては,長期間の労働能力の喪失(全面的喪失と部分的喪失)や治療の必要性が生じることがあり,このような場合には,働けないことによって得られなくなる賃金などの逸失利益や将来の治療費の計算とその証明が容易でない事態もありうる。不法行為と判断されるか否かについては過失や因果関係という要件の内容の判断が行われたのに対し,効果の面では慰謝料の取扱いをとおして,現実の社会における損害事件から被害者を救済するための弾力的対応がなされてきたといえよう。…
※「逸失利益」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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