勤務先企業が規定する一定の年齢になると、労働者が雇用関係を自動的に解消される制度。企業側は就業規則に定める必要があり、60歳とする例が比較的多い。自民党の高市早苗政調会長は9月の党総裁選で70歳への延長義務化を検討する考えを表明した。欧米では導入例は少なく、高齢化が進む中国では引き上げが検討されている。
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労働者が一定の年齢に達した場合に、その意思と能力および労働の必要性にかかわりなく自動的かつ画一的に雇用関係を解消することを定めた制度をいう。
[三富紀敬]
日本では、明治の終わりころには一部の大企業で職員層を対象にする制度が設置され始めたといわれる。その後第一次世界大戦後から昭和初期に急速に増加し、1935年(昭和10)ころまでには、大企業の半分ほどに55歳、現業労働者層には一部50歳の制度が設置された。定年制が支配的になるのは第二次世界大戦後の1950年(昭和25)前後であるが、それも大企業においてであり、中小企業への普及は依然として少なかった。高度成長期には、大企業においてほとんど制度化され、この動きは中小企業にも広まった。
[三富紀敬]
日本の定年制の特徴の一つは、この制度に定める退職年齢(55歳)が老齢年金の支給開始年齢(60歳)と接続していなかったことである。欧米諸国では、雇用労働者の老齢退職は年金の支給を契機に行われ、それまでは雇用関係が継続されるのが一般化している。この慣行は、公的年金制度が本格的に確立し、また私的年金制度が普及する第二次世界大戦後のことである。1970年代に入ると、公的年金制度に「柔軟な引退」という考え方が組み込まれ、これによって高齢者は、退職を決定するにあたっていくつかの方法を選択できるようになった。この場合にも、年金受給と老齢退職とは接続されている。これに比べて日本では、一定年齢での雇用契約の終了が公的年金制度とはほとんど関連をもたなかった。この問題は、60歳定年制の導入とともに解決されたかにみえる。しかし、定年年齢と老齢年金支給開始年齢とのギャップは、2001年度からの年金支給開始年齢の段階的な引上げとともにふたたび生じることになる。
これと並ぶいま一つの特徴は、高齢者を自動的に解雇する制度であるということである。欧米の公的年金制度では、年金支給開始年齢での退職を求める規定は少ない。もっとも、私的年金制度に年金支給開始年齢での退職を求める条項のある場合があるが、それもあくまで年金制度上のものであって、雇用にかかわる退職制度ではない。その後の「柔軟な引退」措置は、高齢労働者が退職を決意するにあたっての選択の余地をさらに拡大している。このためアメリカやドイツでは、通常の退職年齢前の新規年金裁定件数が通常の退職年齢時のそれを上回り、フランスやイギリスでは、通常の退職年齢後のそれが相当な割合を占めている。これに比べて日本の定年制は、制度の成立期にあたる戦前においては老齢退職の一つのパターンを形成したが、今日では老齢退職としての実質は失われている。
[三富紀敬]
定年制のある事業所の割合は、2008年(平成20)に73.5%、定年制のない事業所の割合は26.5%である。定年制のある事業所のうち一律に定める事業所の割合は67.1%であり、このうち定年年齢が60歳の事業所割合は82.0%ともっとも多くなっており、定年年齢65歳以上の事業割合は14.8%である。
少子高齢化の急速な進展に伴う労働力人口の減少が見込まれ、2012年には、いわゆる「団塊世代」が65歳に到達することから、65歳以上の定年制や定年制度の廃止を促して、高齢者の働く場所をいかに確保していくかが重要な課題となっている。また、日本の高齢者の高い就業意欲や中小企業における人材確保などの観点から、「70歳まで働ける企業」の実現も重要な課題である。中小企業定年引上げ等奨励金は、65歳以上への定年の引上げや、希望者全員を対象にする70歳以上までの継続雇用制度の導入、あるいは定年制度の廃止を行った事業所に給付される。
55歳から出発した定年制度は、定年年齢の60歳の一般化を経て65歳以上への延長あるいは廃止の時代を迎えている。
[三富紀敬]
『岩波書店編集部編『定年後――「もうひとつの人生」への案内』第3版(2003・岩波書店)』▽『高齢・障害者雇用支援機構編・刊『高年齢者雇用確保措置の実態と70歳まで働ける企業の実現に向けた調査研究――第二次報告書』(2009)』
労働者が定められたある年齢に到達すると,その年齢になったことのみを理由に,その者の労働能力と意思とは無関係に,企業との労働契約がなくなる制度をいう。かつては停年制と書くことも行われたが,実態は定年制と同じである(旧陸海軍では階級ごとに最短滞留期間を定めてこれを停年と呼び,最長滞留期間つまり一定年数後も進級しない者は現役を辞めさせるとする時期を現役定限年齢,略して定年として区別した)。定年制の歴史は古く,日本では封建時代における武士の隠居(退隠制度)にさかのぼる。近代の雇用労働制のもとでは,あらかじめ特定年齢に達したときは退職する旨を定めた定年制が,規則や慣行として定着した。その年齢は1933年の内務省調査(336社を対象)によると,定年の定めがある企業140社(42%)のうち,50歳とするもの60%弱,55歳とするもの35%であった。第2次大戦下では労働力不足で定年制を一時的に休止する企業もあった。戦後になって大企業を中心に55歳定年制が復活し,さらに1960年代後半から中小企業にも定年制を設ける気運が強くなって,労働省の調査によると,30人以上企業で定年制のある企業は,70年には6割台であったが,80年代に入ると9割弱にも達した。この間に定年年齢も55歳から60歳中心へと移った。
定年制を設ける目的は二つある。(1)は,ある年齢まで働けば,企業はこれまでも賃金を払って役務(サービス)の対償を払うことは終わっているのに,さらに多額の退職金を払い,従業員の功労に謝意を示して老後の生活を保障する,と考える恩恵とみる立場である。(2)は,老朽従業員を若い従業員に代えるため,一定年齢を定めて解雇する制度とみる立場である。高年齢従業員の割合が増え,しかも技術革新・経営活動活性化の必要が強くなるにつれて,経営側は(1)より(2)の立場を強調し,生活については定年後の就業の場を提供・斡旋し,自立を援助するなどのことを行っている企業もある。
定年制の法的な解釈には論争がある。第1は,定年を強制解雇の一種として労働基準法に定める解雇予告など,解雇に伴う法規を守るべきものとするものである。第2は,一定年齢までの雇用契約期間が満了したとして自動的に退職するとみるものである。就業規則で企業ごとに規定する場合,後者の形をとるものが多いが,扱いのうえでは少なくも定年退職前1ヵ月以上前に予告するのが通例である。定年制そのものが憲法に定める生存権・勤労権を侵すものであるかどうかにも論争がある。一般的には,〈老年労働者にあっては要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず,給与がかえって逓増するところから,人事の刷新,経営の改善等,企業の組織および運営の適正化のため行われるものであって,一般的にいって不合理な制度ということはできない〉(1968年最高裁判決)との考え方が受け入れられている。しかし労働の能力・適格性は個人によって異なるもので,一律に定年年齢であることのみを理由に退職させることは平等の原理に反し,勤労権に対する差別とする考え方もある。
職種・男女差によって定年年齢を区分することも争点である。たとえば一定の年齢を超えると労働の遂行が不可能になるか困難となる場合,あるいは同一企業内で他の職種への配置換えが不可能になるか困難となる場合でないと,職種によって定められた若年定年制は合法性をもたぬ,とする見解がある。これに対し,労働契約時に労働者がこれを是認して就労していれば(たとえば新聞配達員を22歳未満の学生に限る,とする場合),若年定年制は不合理でなく,職務適格性がある,との見解がある。男女差別については職務の適格性を基に企業で広く行われていたが,近年では学説・判例ともに男女平等の原理と,女子であることを理由に男子より早く職業生活の中断を強いることはできず,公序良俗に反するとして認めていない。定年年齢は同一であっても,企業によって退職の日には差がある。多くの場合は,その労働者個人の定年年齢到達の日(誕生日を中にその前後の計3日間のいずれか)であるが,企業の都合によって,誕生日の月末とするものがあり,わずかであるが,年度末,その年の12月末,半期末などと定めるものがあり,また定年年齢の最後の日(翌年誕生日の前日)とする企業もある。退職の日には1ヵ年の幅が生じる。
定年の退職金は自己都合退職よりも優遇され,会社都合退社(減員解雇)より少ない。大正末期には大企業で終末給与月額の100倍程度を基準に支払われたのに対し,1980年代はその1/3以下となった。これは,定年を迎える者が激増し退職金抑制が1960年代から一般化したこと,定年後も企業は嘱託制などで再雇用し,あるいは他に就職の場をつくるなどで,老後の生活費とする考え方が弱められたことによる。ただし再雇用制も通例,定年後1~2年の期限つきで給与は減り,管理職など責任・権限の伴う職務に就くものではない。定年延長が高齢化の速度より遅い理由は,企業の側からみると,年功賃金のため人件費コストが重くなること,欧米のように企業間を転じながら能力・技能をつける慣行がないため定年延長が人事の渋滞・士気低下を招くとされること,技術と経営の革新に対し高年者は向かぬとみられていること,等による。
執筆者:孫田 良平
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定められた年齢に達したことを理由に,その職から退かせる仕組み。停年制とも表記。諸外国では,年齢差別として捉えられる場合もある。日本では,人員の計画的な新陳代謝による職務能率の維持向上,勤務継続の保障による職務に専念できる環境の創出という2点において,合理性を持つ仕組みと解されている。教員(定年制)に対する初期の定年制は,第2次世界大戦前の帝国大学での学内の申合せに散見される。定年制を最初に規定した法令は,1949年(昭和24)の教育公務員特例法である。同法は,法人化以前の国公立大学の教員に適用されたが,定年について当初は「大学管理機関」が定めることとし,その後「評議会の議に基づき学長」が定めるよう改正された。他方,法人化以前の国公立大学の事務職員(定年制)に対しては,国家公務員法または地方公務員法が適用されていた。法人化後の国公立大学の勤務員に対しては,従前からの私立大学の例と同様に,各大学の就業規則に定められている。なお,2006年(平成18)の「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の改正により,定年の引上げや雇用継続など,安定的な雇用の確保のための措置を段階的に講じることが大学にも義務付けられた。
著者: 橋場論
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… 70年代に入ると,人口の急速な高齢化が認識されるようになり,従来一般的であった55歳定年を60歳定年に延長することが労使間および政府の重要課題となった。定年制は年功的労使関係制度の重要な一環であり,定年延長の場合,次のような問題が出てくる。(1)年功的労使関係をそのままにして定年延長を行うと,昇進の頭打ちが生じ,従業員のモラール・ダウン,企業活力の低下が起きる,(2)定期昇給制度をそのままにして定年延長を行うと,従業員が高齢になって職務遂行能力の伸長が期待できないにもかかわらず,基本給が上昇し,また高賃金の高齢従業員を低賃金の若年従業員で入れかえることができず,総労働コストの増大をもたらすことになる。…
※「定年制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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