紀元前3世紀ごろの中国の思想家荀子(じゅんし)の説。「人間の本来の性質は悪であり、善とされるものは、偽(い)(後天的に作為した結果)である」という文章で、『荀子』の第23章「性悪篇(へん)」は始まっている。戦国末に生きた荀子には、社会の荒廃、礼義の衰退が強く目に映り、前記のような文章を書くようになったのも無理はないかもしれない。しかし、そのあとに続く文を読むならば、彼の説く性悪説は孟子(もうし)(孟軻(もうか))の性善説と対立する考え方ではなく、実は人間の悪の面を強調し、人間が悪に走りやすい傾向を指摘した説にすぎないことがわかる。
たとえば、性悪説によれば、聖人君子の存在は説明できないはずであるが、これは精進努力した結果、悪を克服した人間像のことである、などと説明しているからである。荀子のいいたかったことは、人間の性悪そのものではなく、その性悪も努力しだいでは克服できるとして、努力の持続の重要さを主張しようとする点にあった。
[福井文雅]
中国,荀子の倫理説の中心概念。《荀子》の〈性悪篇〉には〈人の性は悪なり,その善なる者は偽なり〉と説く。偽とは,作為のことで,後天的努力をいう。人は無限の欲望をもち,放任しておけば他人の欲望と衝突して争いを起こし,社会は混乱におちいるであろう。放任しておくと悪にむかう人の性,それは悪といわざるをえない。性の悪なる人間を善に導くためには,作為によって規制しなければならない。先王が礼を作ったのは,人の欲望を規制して社会に秩序を確保するためであった。もし人の性が善であるならば,学問や教化などの偽は必要がない。学問や教化が必要なのは,人の性が悪であるためであろう。孟子は〈人の性は善であり,環境や後天的条件によって本性を失い,その結果として悪をなすのだ〉と説いたが(性善説),人の自然の性は外的環境によって失われることはない。環境によって悪事に走るのは,その潜在的な本性の悪が表面化したのであるという。
→性善説
執筆者:日原 利国
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… これに対して東洋の人間観では,善と悪を神に結びつけず,人間性に内在する二つの心理的傾向とみる。孟子は性善説を唱え,荀子は性悪説を唱えたが,この二つの説は理論的には矛盾しない。孟子の考えるところでは,人間の本性には良心と放心という二つの傾向がある。…
…礼を重んじて礼治主義を唱え,礼を君主の制作と考えて,君主中心の政治論を展開し,先王だけでなく〈後王〉すなわち現在の王者の尊重を説いた。また性悪説を述べ,天と人とを分離し,自然物としての天を利用せよ,と強調した。【日原 利国】。…
…これは同じ儒家の孟子の性善説と正面から対立するものである。同時に,その性悪説の結果として,内発的な徳よりも,外部から人間を規制する人為的な礼に重点を移すことになった。荀子の門下から出たとされる法家の韓非子は,礼が刑罰の裏づけを欠いているのにあきたらず,礼よりもさらに強い拘束力をもつ法による政治を強調した。…
※「性悪説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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