翻訳|sanction
社会的規範から逸脱した行為に対して加えられる心理的・物理的圧力をいう。社会的制裁ともいう。それは単なる嘲笑(ちょうしょう)といった程度のものから死に至るまでのものを含む。つまり、あらゆる社会集団は、その成立とともに自己の生を存続させるための微妙な仕組みや自律装置を備えている。特定成員の行動が、明確に他の集団成員の共有する価値、ルールを刺激した場合には、その行為者に対して非難、嘲笑、侮辱、排斥などが加えられる。非難は、行為者に心理的打撃を与え、同時にそれ以後の集団成員の感情的強化を図る。嘲笑や侮辱は明らかに一種の刑罰である。文化人類学者マリノフスキーがみたメラネシアのトロブリアンド島民社会では、若干の侮辱のことばが、しばしばその全体の秩序の潮(うしお)と流れを規定するほど大きな力をもつものであった。
日本の武士社会においても、武士が満座のなかで笑われることは最大の恥辱であり、この恥辱を避けようとする機制がその行動秩序を保持させる一因となった。排斥の反作用にもいろいろある。たとえば、「つるし上げ」などもその一種であろう。それは攻撃的な群集による精神的なリンチである。その極限的状態としては村落生活における村ハチブなどがある。社会集団の反応の極限には、はっきりとした刑罰が現れてくる。罰金、労役、さらには純粋な体罰が加えられる。その対象となる行為は、真正面から集団の価値、ルールを傷害した行為である。
このように集団の社会的制裁にはいろいろなものがあるが、この制裁の規制作用は、行動を激励する積極面と表裏一体の関係にあることが留意されなければならない。法人類学者ポスピシルL. Pospisilは『法人類学』Anthropology of Law(1971)において、「法は、まず司法的権威の裁断の形をとって現れる。その裁断から抽象される原理が法規範なのである。しかもその法は、(1)権威、(2)普遍的適用の意図、(3)両当事者間の権利義務関係、(4)サンクション、の四つの属性を備えていなければならない」としている。つまりポスピシルは、法という社会現象を、ただ一つの特性によってではなく、一定のときに同時に存在する四つの属性からなる、全体としてのパターンとしてとらえようとする。
(1)権威は、人間の集団が集団として機能するためには、フォーマルであれインフォーマルであれ、かならずリーダーがいて、そのリーダーの裁断の形で法が生まれてくる。このリーダーないし権威者による裁断の有無が、法と単純な慣習とを区別する規準なのである。
(2)普遍的適用の意図は、権威者の裁断が、政治的裁断ではなく、法的な裁断であるために必要な規準であるという。
(3)両当事者間の権利義務関係は、ある紛争事件において権威者の下した裁断のうち、一方の当事者の権利と、他方の当事者の義務とを定めた部分を意味し、この規定のない裁断は法的とは考えられない。
(4)サンクションは、従来の法理論においてもっとも重視されてきた法の属性であり、しかも、法的サンクションは、物理的サンクション(絶対的な強制力)の性格を備えていることが必要であると考えられてきた。しかしポスピシルは、サンクションの形態よりもサンクションの効果、つまり効果的な社会統制ができるか否かが重要な要件であり、ある種の心理的サンクション、たとえば村ハチブ、嘲笑などは、ときとして物理的なサンクション以上に強力な規制を行うことができるとしている。
[野口武徳]
『千葉正士編『法人類学入門』(1974・弘文堂)』▽『ラドクリフ・ブラウン著、青柳まちこ訳『未開社会における構造と機能』(1975・新泉社)』▽『マリノフスキー著、青山道夫訳『未開社会における犯罪と慣習』(1967・新泉社)』
ある行為に対して社会や集団成員が表明する是か非かの一定の反応をいう。是とされる行為には〈承認・賞賛〉の肯定的なサンクションが,非とされる行為には〈制裁・処罰〉の否定的なサンクションが与えられる。何がサンクションの対象となるかは,その社会のもつ規範によって異なる。たとえば他人より富裕すぎることが規範からの逸脱として否定的サンクションの対象となる場合もある。サンクションを与える主体もさまざまであり,国家をもつ社会ではサンクションが官庁や警察などの制度的機関に託されるが,国家なき社会では不特定多数の成員や直接害を被る当事者自身あるいは一時的な代表,さらには神などの超自然的存在が主体となる。あらゆる社会で否定的サンクションが肯定的サンクションより明確に規定されているが,規範への順応および逸脱に対するサンクション(賞と罰)は社会統制の重要な手段となっている。
サンクションの諸形態は,(1)けち,不良少年,尻軽女などとレッテルをはったり,うわさや笑いなどによる,明確な規定をもたぬ道徳的サンクション,(2)タブーの侵犯に対する神罰としての病などの宗教的サンクション,(3)村八分や刑法上の刑罰など,組織的かつ規則的に科せられる法的サンクションに一応分けられる。しかし否定的サンクションを,心理的・身体的・経済的損失によって事後・事前に行為を規制するものととらえるのは,刑罰を典型としてすべてを見る誤りであろう。国家なき社会は基本的には〈刑罰なき社会〉であり,死罪・体罰や追放などの法的サンクションも刑罰である前に,規範への違反に対する宗教的サンクションとしての不浄や穢れの状態を祓い浄化する儀礼的手続きであった。法的サンクションと宗教的サンクションは,原初的には〈穢れ-祓い〉という一つの過程と考えられる。また,面罵や笑いによるサンクションも,原初的には心理的制裁というより,そこなわれた共同秩序の回復のための儀礼という意味をもっていた。
浄化儀礼とは別の法的サンクションのもう一つの原初形態は復讐である。復讐は原行為の被害者またはその所属集団が加害者またはその集団に対して科す自救的サンクションであるが,国家なき社会における復讐の原理は,恨みなどの個人的感情によるのではなく,集団や社会的人格の間に成立している互酬的関係,すなわちある特定の状況の下では,ある特定の物や行為を相互に交換しなければならない権利と義務の体系としてあり,どのような場合にどのような復讐が作動するかということは規範として定着している。その暴力の交換には,直接介入する中央権威はなくとも,同じ村内では禁止されるなどの規制とともに社会の承認による正当性が与えられている。国家なき社会においては,宗教的職能者や長老が祓いとしての処置を執行したり,被害者が直接復讐を執行したりするように,サンクションはそれぞれ主体および意味や起源を異にしているが,国家をもつ社会においては,主体が国家とその機関に統一され,その執行の正当性を国家がいわば独占している。多様で多元的な種々のサンクションは,最も主要で単一的な法的サンクションとしての〈刑罰〉に一元化されるのである。
執筆者:小田 亮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…その理由として呪術・宗教的解釈が法的領域に大きな位置を占めていることが挙げられよう。部族社会においては,枢要な価値は〈神聖なるもの〉として社会成員に表象される場合が多く,〈神聖侵犯〉とされた行為が社会の側からもっとも激しいサンクションを受けることになる。したがって生起した殺人の正当性,あるいはサンクションとしての殺人の必要性をめぐる議論は,神聖侵犯のあるなしというかたちで展開される場合が多い。…
※「サンクション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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