還元主義(読み)かんげんしゅぎ(その他表記)reductionism

翻訳|reductionism

日本大百科全書(ニッポニカ) 「還元主義」の意味・わかりやすい解説

還元主義
かんげんしゅぎ
reductionism

複雑で抽象的な事象や概念を、単一のレベルのより基本的な要素から説明しようとする立場。とくに科学哲学では、観察不可能な理論的概念や法則を直接的に観察可能な経験命題の集合で置き換えようとする実証主義的傾向をさす。マッハやアベナリウスらの経験批判論、シュリックやカルナップらの論理実証主義がその典型である。前者が感覚的経験への「事実的還元」を目ざしたのに対し、後者は観察命題への「言語的還元」を目ざすという相違はあるが、ともに反形而上(けいじじょう)学の立場では軌を一にする。後者はさらに、観察命題の記述に感覚与件言語をとるか物言語をとるかに応じて、現象主義と物理主義とに分かれる。また生物学では、生命現象は物理学および化学の理論や法則によって解明可能であるとする立場をさし、生気論に対立する。還元主義は、心理学上の行動主義や社会科学上の方法論的個体主義を擁して、統一科学の理想を追求したが、その主張にはさまざまな困難が指摘されており、実現には至っていない。

[野家啓一]

『E・マッハ著、広松渉・須藤吾之助訳『感覚の分析』(1971・法政大学出版局)』『J・ホスパーズ著、斎藤晢郎他訳『分析哲学入門2 認識論』(1972・法政大学出版局)』

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改訂新版 世界大百科事典 「還元主義」の意味・わかりやすい解説

還元主義 (かんげんしゅぎ)
reductionism

還元主義という日本語の訳語には,根本的な原理にまで立ち戻るというニュアンスがあるが,元来英語の〈reduce〉は〈減らす〉という意味であって,原義はむしろそこにある。最も基本的には,自然における階層性を認めたとき,上位階層において成立する基本法則とそこに用いられる基本概念とは,必ずそれよりも一つ下位の階層において成立する基本法則および基本概念によって翻訳もしくは書換えが可能である,とする立場のことを言う。この立場を究極まで進めれば,この世界におけるすべての多様な現象は,最下位の階層(それが具体的に何であれ)の法則と概念で原理的には記述されうるという帰着を許すことになる。概念および法則の多様性を〈減らす〉という意味で〈reductionism〉という語が生まれるゆえんである。

 科学にあって,最下位の階層は一般に原子から素粒子へと移り変わってきたが,物理的な場面で言えば,量子力学の扱う微視的世界と古典力学の扱う巨視的な世界との間には,埋めえない理論的ギャップがあるとも考えられ,また,巨視的階層の事物を微視的階層に完全に還元することは,実際上不可能でもある。他方還元主義は,生命現象や心理現象の場面で独特の意味を帯びることがある。すべての生命現象(心理現象)は,単なる物質現象に〈還元〉できる,という表現は,還元主義についての上の一般的定義の範囲内にあるが,ここではむしろ〈“……にしかすぎない”主義“nothing-but”ism〉とでも呼ぶべき強い主張が主題となっており,もっと粗っぽく言えば,〈非物質〉的な色合いを与えられて了解されている現象を,すべて物質の世界の原理のみで片づけよう,という積極的主張がそれであると見られる。今日の分子生物学は,生命現象について典型的に還元主義的立場をとっていると考えられ,当然議論は多い。
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百科事典マイペディア 「還元主義」の意味・わかりやすい解説

還元主義【かんげんしゅぎ】

英語reductionismなどの訳。〈還元論〉ともいい,〈要素主義(要素論)elementalism〉に類縁で,〈全体論holism〉に対する。多数な現象を,しばしばそれ以上の分割が不可能と想定される物質や法則や概念によって説明しようとする立場。原子論機械論に特徴的に現れるほか,人間の行動や心理を類人猿のそれや遺伝子の振舞いに帰するような俗流還元主義も見られる。
→関連項目還元(哲学)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「還元主義」の意味・わかりやすい解説

還元主義
かんげんしゅぎ
reductionism

生物学における基本的生命観の一つで,物理・化学的に不可解にみえる生命現象も,要素現象に分析・還元していって,これら要素の作用様式を解明することにより理解することができるとする立場。近代生物学の流れが分析的理解を中心としてきたことは事実であり,たとえば遺伝現象は,DNAの二重螺旋構造へと還元されたともいえる。ただし,ひたすら要素のみを強調することは要素間の関係を閑却視することになるので,生物学においては全体的視野も忘れてはならないとして,還元主義のみの強調を批判する立場もある。 L.ベルタランフィの生体論 (有機体論) の主張などは,これに近い。なお,還元主義という用語は 20世紀後半,ことに 1970年代になってから頻用されはじめたもので,それ以前はこの語の示す立場は,機械論という表現の一側面をなしていた。

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世界大百科事典(旧版)内の還元主義の言及

【科学】より

… 一方,科学は,ものという概念に階層性を与えることになった。それは,力学と並んで科学のもう一つの理念的柱となっている原子論,もしくは要素還元主義の結果ともいえる。物質を究極的な構成要素に到達するまで分割しようとする原子論の論理,さらにそこから系として派生する感覚的な性質を機械的・力学的性質に還元しようとする還元主義は,物質の世界にいくつかの階層を設けた。…

※「還元主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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