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那智山経塚(読み)なちさんきょうづか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

那智山経塚
なちさんきょうづか

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町,熊野那智大社飛滝神社参道のそばに営まれた,平安時代から室町時代にわたる大規模な経塚群。 1918年と 30年に約 60個分の経筒をはじめ,鏡,古銭などが多数発見されたが,ほかに奈良時代の仏像,平安時代の三昧耶形,大壇具など,特殊な遺物も出土している。遺構については不明な点が多かったが,68~69年に発掘調査が行われ,巨石をめぐって営まれた経塚と,方形基壇状に造られた経塚とに大別され,その他,修法の遺構があったことなども明らかにされている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

那智山経塚
なちさんきょうづか

和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡那智勝浦町那智山字大平の飛滝権現(ひろうごんげん)への参道を中心に存在する経塚を含む遺跡の総称。遺跡は、経塚と仏像・密教法具が埋納された修法(しゅほう)遺構の複合遺跡である。経塚関係の遺物としては、仁平(にんぴょう)3年(1153)銘を最古とする藤原時代の多数の経筒が出土している。修法関係の遺物として仏像、鏡像、懸仏(かけぼとけ)、鏡鑑、塔(滑石五輪塔、銭弘俶(せんこうしゅく)塔)、仏法具、玉、銭貨、陶器などがあり、なかには一部経塚遺物も混在している。これらの遺物類は、沙門行誉(しゃもんぎょうよ)の滝本岩窟(たきもとがんくつ)への埋納事情と目録が記載された『那智山滝本金経門(きんけいもん)縁起』(1130=大治五ころ)と一致し、また、三昧耶会(さんまやえ)(金剛界九会曼荼羅(くえまんだら)の1)の図式が出土遺物によって確認されたことは重要である。[坂詰秀一]
『東京国立博物館編・刊『那智経塚遺宝』(1985)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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