中国の作家。名は文。達夫は字(あざな)。12月7日生まれ。浙江(せっこう/チョーチヤン)省富陽の人。1913年(大正2)留学生として来日。一高特設予科、八高を経て東京帝国大学経済学部卒業。留学中に西洋小説を耽読(たんどく)し創作を開始。1921年東大在学中に彼の本郷の下宿で結成された創造社は、文学研究会と対立して、後者の「人生派・写実派」に対して「芸術派・浪漫派」とよばれ、草創期の文壇を二分した。出世作『沈淪(ちんりん)』(1921)は中国最初の口語小説集。留学生の性的な煩悶(はんもん)と「支那(しな)人」蔑視(べっし)への悲憤を描き、赤裸な告白によって大きな反響をよび「頽廃(たいはい)派」の名を得た。大正期日本文学の私小説、佐藤春夫、イギリス世紀末文学の影響などが指摘できるが、彼の場合、頽廃は実は本来純潔な自己の苦痛の表白を意味し、そのまま社会的、民族的な抗議であった点に特徴がある。1922年帰国。上海(シャンハイ)で郭沫若(かくまつじゃく/クオモールオ)らと『創造季刊』等を発刊。旺盛(おうせい)な創作活動を展開するが、まもなく生活に疲れて北京(ペキン)に去る。国民革命の高潮とともに自己変革と作風の転換を求めて苦悩するが挫折(ざせつ)し、やがて文人的な世界に退いた。日本の文学者との交友も多く、1936年(昭和11)末には再来日して旧交を温めた。日中戦争の開戦とともに救国運動に活躍。1938年末シンガポールに移り、陥落直前スマトラへ脱出。終戦直後同地で日本憲兵に殺害された。
[伊藤虎丸]
『岡崎俊夫他訳『現代中国文学6 郁達夫・曹禺』(1971・河出書房新社)』▽『伊藤虎丸・稲葉昭二・鈴木正夫編『郁達夫資料――作品目録・参考資料目録及び年譜』『郁達夫資料補編 上下』(1969~1974・ともに東京大学東洋文化研究所付属東洋学文献センター)』▽『小田獄夫著『郁達夫伝』(1975・中央公論社)』▽『稲葉昭二著『郁達夫 その青春と死』(1982・東方書店)』
中国の作家。兄2人姉1人の末弟として浙江省富陽県の読書人の家に生まれ,1913年来日,一高特設予科,八高,東大経済学部に学ぶ。中学在学中に辛亥革命の動乱で家居独学,その後各地の軍閥が抗争を続ける混乱の時代を,大陸進出を図る当の日本に10年間留学していたことが人間形成に大きく影響した。21年東京で郭沫若・成仿吾たち留学生仲間と文学団体創造社を結成,秋最初の創作集《沈淪》を発表し文壇に登場。翌年東大を卒業して帰国,各地の大学で教鞭を執るかたわら創作と雑誌編集に従事したが,不安定な社会情勢の中で,その思想は時に急進的に,時に逃避的に揺れ,35年秋の《出奔》を最後に創作の筆を断つ。38年末シンガポールに移り,ここが日本軍に占領されるまでの3年間,《星州日報》によって抗日宣伝活動を展開,日本敗戦の直後スマトラで日本軍憲兵にスパイ容疑で殺害された。
執筆者:稲葉 昭二
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1896~1945
中国の小説家。浙江(せっこう)省富陽県の人。1921年日本で郭沫若(かくまつじゃく)らと創造社を結成,帰国後各地で教鞭をとり,しだいに創造社から離れた。日中戦争中は南方にいたが,終戦直後スマトラで日本軍に殺害された。
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…上海泰東図書局発行。主要執筆者は郭沫若(かくまつじやく),郁達夫(いくたつぷ),成仿吾(せいほうご),張資平,田漢,鄭伯奇など。編集には郭沫若と郁達夫が当たった。…
…名作《阿Q正伝》(1921)をはじめ,《吶喊(とつかん)》《彷徨》の二つの作品集に収められた諸作品には,暗い現実を凝視する作者の視線に,みずからをも現実に対する加害者の一人ととらえる苦い内省の思いが影を落とし,独特の深みのある世界を作った。こうした文学研究会の傾向に反発した郭沫若,郁達夫(いくたつぷ)などは創造社を組織し,芸術至上主義を唱えた。彼らの傾向をもっともよく代表するのは郭沫若の長詩《女神》で,奔放な空想力を駆使して反逆の呪いと人間解放への希求を高らかに歌ったこの作品は,その内容と表現の両側面で真に近代詩の名に恥じない最初の作品となった。…
※「郁達夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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