エバンズ・プリチャード(読み)えばんずぷりちゃーど(その他表記)Sir Edward Evan Evans-Pritchard

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エバンズ・プリチャード」の意味・わかりやすい解説

エバンズ・プリチャード
えばんずぷりちゃーど
Sir Edward Evan Evans-Pritchard
(1902―1973)

イギリスの社会人類学者。オックスフォード大学エクセター・カレッジで近代史を専攻。1926年スーダン(現在の南スーダン)の民族集団アザンデの現地調査を行い、翌1927年博士号を得た。その後、ヌエルヌアー)、サヌシなどの北、中、東アフリカ諸民族の調査を行う。1940~1945年アフリカおよび中近東で軍務に従事。1946年ラドクリフ・ブラウンの後を継いでオックスフォード大学の社会人類学教授となり、1971年引退した。

 容易によそ者を寄せ付けない南部スーダンのナイル系民族集団ヌエルでの調査や、アザンデの錯綜(さくそう)した信仰体系の把握は、調査者および理論家としての資質の点で、師であるマリノフスキー、ラドクリフ・ブラウンを超えるものをもっていたことを示す。人類学のモデルを自然科学に求めるラドクリフ・ブラウンの傾向に対し、むしろ人文科学とくに歴史学との方法的類似性を主張していることは、諸民族集団の思考への彼の深い理解を物語っている。ヌエル、アザンデのそれぞれのモノグラフ(単民族誌)は、その記述分析自体が理論の提示をも含みモデル化されており、社会人類学の古典の位置を占めている。文化の翻訳者と称されるにもっともふさわしい人類学者と彼が評されるのは、先住民の思考体系をその社会学的背景と関連させ、抽出しているからである。

[末成道男 2018年11月19日]

『エヴァンズ・プリチャード著、向井元子訳『ヌアー族――ナイル系一民族の生業形態と政治制度の調査記録』(1978・岩波書店/平凡社ライブラリー)』『エヴァンズ・プリチャード著、長島信弘・向井元子訳『ヌアー族の親族と結婚』(1985・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「エバンズ・プリチャード」の意味・わかりやすい解説

エバンズ=プリチャード
Evans-Pritchard, Edward Evan

[生]1902.9.21. サセックス
[没]1973.9.11. オックスフォード
イギリスの社会人類学者。オックスフォード大学教授。主としてアフリカのスーダン南部で調査を行い,農耕民アザンデ族牧畜民ヌエル族 (ヌアー族) を研究し,また東アフリカの諸民族にも詳しい。アフリカの政治組織,親族組織,呪術宗教制度に関して,従来の機能主義の立場をこえる理論を展開。いくつかの詳細な民族誌を残したほかに,理論的な面における貢献も大きい。代表的著書に『アザンデ族における妖術神託および呪術』 Witchcraft,Oracles and Magic among the Azande (1937) ,『ヌアー族』 The Nuer (40) ,歴史的記述として『キレナイカのサヌシ族』 The Sanusi of Cyrenaica (49) ,『アザンデ族-その歴史と政治制度』 The Azande: History and Political Institutions (71) などがある。また『アフリカの政治体系』『アフリカの親族と婚姻の体系』の編集者の一人。 1956年イギリス学士院会員,71年ナイトの爵位を受けた。

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改訂新版 世界大百科事典 「エバンズ・プリチャード」の意味・わかりやすい解説

エバンズ・プリチャード
Edward Evan Evans-Pritchard
生没年:1902-73

イギリスの社会人類学者。歴史学を専攻後,1926年より40年にかけて,スーダンのアザンデ族とヌエル族(ヌアー族)で緻密な社会人類学的調査を行った。第2次大戦中は軍役に従事するかたわらスーダンのアヌアク族を調査,戦後はリビアのサヌシ族の調査をした。この間ロンドン大学,エジプト大学(現,カイロ大学),オックスフォード大学,ケンブリッジ大学等の教職を歴任した後,46年ラドクリフ・ブラウンの後任としてオックスフォード大学教授となった。70年に引退するまでアフリカの政治体系,親族,宗教,哲学に関する多くの著作を世に問うとともに若手研究者を育成し,大きな影響を与えた。主著は《アザンデ族における妖術,託宣および呪術》(1937),《ヌアー族》(1940),《ヌアー族の宗教》(1956)など。
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百科事典マイペディア 「エバンズ・プリチャード」の意味・わかりやすい解説

エバンズ・プリチャード

英国の社会人類学者。20〜30歳代に原地調査でアフリカの社会を研究。1946年オックスフォード大学教授。《アザンデ族の妖術・託宣および呪術》《キレナイカのサヌーシー》《ヌアー族の宗教》等で,おもにアフリカの政治体系,宗教,親族などを研究し,社会人類学および文化人類学全般に大きな影響を与えた。
→関連項目ヌエル

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世界大百科事典(旧版)内のエバンズ・プリチャードの言及

【政治人類学】より

…諸民族の文化に認められる多様な政治現象を比較研究する文化人類学の一分野。主要な政治現象としては,統治の構造,権威と権力の集中と配分および制度化の程度,各種集団の意思決定過程,またそれら集団間の支配,敵対,同盟などの諸関係,さらには民族統一や国民形成などがあげられるが,これらのいわば古典的政治現象に対して,今世紀半ば以降,新しい展開がみられた。それは第三世界の独立国における国民形成,宗教ないしイデオロギーの違いによる国際緊張,南北国家間の経済格差などの諸問題であるが,これらの問題を通じて比較文化論的アプローチの重要性がしだいに認識され,比較的新しい研究ジャンルである政治人類学の方法が注目されるに至った。…

【ヌエル族】より

…自称はナースNaath。1930年代にイギリスの社会人類学者エバンズ・プリチャードが調査し,三部作の民族誌を著した。本項の記述は主として彼の著作によるもので,30年代のヌエル社会のことである。…

※「エバンズ・プリチャード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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