(読み)ひしお

改訂新版 世界大百科事典 「醬」の意味・わかりやすい解説

醬 (ひしお)

古代の日本で最も重要だった発酵調味料。大豆を原料とするものと,魚や鳥獣肉を使うものとがあった。中国では〈醬(しよう)〉,あるいは〈醢(かい)〉と呼び,きわめて古くから作られていた。《周礼(しゆらい)》には宮廷の宴会に多用されたことが見え,その注によると,鳥獣肉や魚にこうじと塩をまぜ,酒を加えてかめに密封して作るものであった。いわば塩辛のたぐいである。《論語》郷党編には孔子が〈その醬を得ざれば食わず〉といったことが見え,料理にはそれぞれそれにふさわしい醬を用いるべきものとされている。大豆を原料とする醬は,6世紀初頭の《斉民要術》に初めて登場するが,同書は大豆のものを醬とし,獣鳥肉を用いるものを肉醬,魚を用いるものを魚醬として区別している。それが奈良時代までに日本に伝えられ,醬は〈ひしお〉,肉醬・魚醬は〈肉(しし)のひしお〉の意味で〈ししびしお〉と呼ばれるようになった。

 令制下の宮内省大膳職には醬院が置かれ,宮廷用の各種の醬および豉(くき),未醬(みそ)を作った。豉は現在の浜納豆の類,未醬はみその前身である。一般でも作られていたようで,奈良時代すでに市で売っていたものらしい〈市醬〉の名が見え,平安京の官設の東市にも醬を売る店があった。《延喜式》には供御(くご)のための醬の製造規定があり,それによると大豆3石,米(こうじ用)1.5斗,もち米4.332升,小麦1.5斗,酒1.5斗,塩1.5石を用いて1.5石の醬を作るとしている。ところで,醬院で各種の醬を作ると書いたが,それは〈滓醬(さいしよう)〉〈醬滓〉〈麤醬(そしよう)〉などというもので,おそらく,醬が発酵させたもろみをろ過した清澄液体であったのに対して,〈滓醬〉はろ過しないもろみみそのまま,〈醬滓〉は絞りかす,そして〈麤醬〉は粗製のものの意で〈あらびしお〉とでも読んだものと思うが,材料ないしはその配合の劣るものであったと思われる。また,肉醬,魚醬は釈奠せきてん)の際,衛府が肉醬を作ることはあったが,醬院では作らなかったように見える。各種の醬の用途について見ると,醬は生野菜や菜類の浸し物などに添え,また,汁の味つけなどにも使われたようである。麤醬,滓醬もほぼ同じように用いられたが,滓醬はウリトウガンカブ,ナスなどを漬けるのに多用され,〈醬鰒〉というアワビの加工品を作るのにも用いられた。さらに〈醬大豆〉というのがあり,これは〈醬鮒〉というフナの加工品やみそを作るのに用いられている。貴族や官人たちへの給与を見ても,醬は原則的に未醬より多量に給されており,塩を除けば最も用途の広い重要な調味料であり,しょうゆというすぐれた調味料を生み出す母胎になったものと考えられる。

 現在〈ひしお〉,または〈ひしおみそ〉と呼ばれているのは〈径山寺(きんざんじ)みそ〉に近いなめみその一種になっているが,液体調味料であったひしおが,こうした形態のものになったのは室町期ころからと考えられ,《和漢三才図会》(1712)は同量の大豆と麦にこうじを加え,塩水でこねて貯蔵発酵させたのが醬で,俗に〈ひしおみそ〉と呼ぶとしている。なお,中国古代の醬のうち,現在もほぼそのままの形で利用されているのは魚醬で,東南アジア一帯では重要な調味料とされている。
魚醬
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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【醬】より

…大豆を原料とするものと,魚や鳥獣肉を使うものとがあった。中国では〈醬(しよう)〉,あるいは〈醢(かい)〉と呼び,きわめて古くから作られていた。《周礼(しゆらい)》には宮廷の宴会に多用されたことが見え,その注によると,鳥獣肉や魚にこうじと塩をまぜ,酒を加えてかめに密封して作るものであった。…

【しょうゆ(醬油)】より

…〈したじ(下地)〉〈むらさき〉などとも呼ぶ。語源的には(ひしお)からとった透明な液体の意で,醬とは,魚,鳥,獣肉,ダイズ,コムギなどの動植物タンパク質と,それに伴うデンプン,脂肪などを,食塩で腐敗を防ぎながら主としてこうじ菌の酵素で分解し,アミノ酸や糖類などの呈味物質に変えた調味料の総称である。日本農林規格(JAS)では,しょうゆとはダイズとコムギの加熱処理したものにこうじ菌を生やしてこうじをつくり,これに食塩水を混合したもろみを,分解,発酵,熟成させてから分離した透明な液体をいう。…

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