イギリスの社会人類学者J.G.フレーザーの主著。1890年の初版の好評により次々と続巻が著されて拡大し,1911年に11巻本としてひとまず完成,その後さらに2巻が加えられた。22年には著者自ら簡約1巻本を編み,これは邦訳されて現在も刊行されている。この書は未開的・古代的宗教信仰の総合・集成的研究であり,呪術,タブー,犠牲,穀霊と植物神,神聖王と王殺し,スケープゴート等々のテーマが,世界全域の無数の事例により論じられている。フレーザーは書斎の人類学者で,西欧古典資料や当時のさまざまな民族誌記録を読破して《金枝篇》を編んだ。その後,フィールド・ワークにもとづく人類学研究の進展により,彼の単純な進化論的枠組と資料の扱いの恣意性は厳しい批判を受けることになる。だが人間の宗教的想像力が示す多様性と深部の構造的相似を,特定の宗教や民族に限定されず,これほど広く描いた著作は,いまだほかにほとんど見いだしがたい。
執筆者:関本 照夫
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イギリスの人類学者・古典学者であるJ・フレーザーの代表的著作。1890年に初版が、1911年から36年にかけて決定版である第3版全13巻が刊行された。フレーザーの意図は、イタリアのネミ湖畔に伝わる聖なる森の祭司職継承の伝説――森の中に1本の樹(き)があり、祭司になろうとする者はその樹の枝を折り、前任の祭司を殺さねばならないという伝説――を説明することにあるが、世界中から集められた神話、習慣、呪術(じゅじゅつ)的活動などの豊富な資料を駆使するなかで、彼は、人類の知的発展が呪術から宗教へ、宗教から科学へという進化的過程を経ることを主張した。自らの調査に基づかない資料をその社会的、歴史的状況を考慮せずに呈示する方法は、現地調査を基本とする現代の人類学者によって批判され、記述の不正確さが指摘されるとともに、その進化主義的学説は現在では否定されるに至っている。しかし、類感呪術と感染呪術の区別、呪術と宗教の関係、神聖王権、王殺しの問題など、後世の人類学における主要な関心事についての先駆的な業績である『金枝篇』は、文化人類学の古典とされている。
[上田紀行]
『永橋卓介訳『金枝篇』全5冊(岩波文庫)』
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…死をかけたトーナメントであって,残酷なやり方だが,ここには,祖先の栄光ある力に最も近似した力をもつ者こそ,この祖先の力を実現できる者,という考え方が秘められている。 またフレーザーの《金枝篇》でひじょうに有名になった〈王殺し〉慣習もある。これは,王が自然死を待つことなく,人為的に死を迎えなければならぬという慣習で,未開社会に数多く見られる。…
…この説も今日では,現地調査に基づく人類学の進歩によって,根本的に誤りだったことが明らかにされ,ようやく衰退した。しかしその立場から著された《金枝篇》に代表されるイギリスの古典学者・人類学者J.G.フレーザーの膨大な著作は,神話研究にとってきわめて貴重な資料の集成として,高い価値を現在でも失っていない。 現在の神話学を代表する権威の双璧は,フランスの比較神話学者デュメジルと,人類学者レビ・ストロースである。…
※「金枝篇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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