翻訳|plutocracy
富裕者が支配する政治ないし体制。元来,ギリシアにおいて富者の支配を意味し,知者の支配や戦士の支配,さらには貧しい大衆の支配と対置された一つの政体を意味した。それは政治参加の条件として一定以上の財産額を要求する政体として現れ,寡頭制との関連で問題にされた。寡頭制を,プラトンは,富んだ人々と貧しい人々との二つの国家の対立と呼び,アリストテレスは,単に支配者の数によってではなく富者による貧者の支配と定義づけたことからわかるように,金権政治に対する批判は寡頭制批判と結びついて展開されてきた。そもそも,政治社会の運営は,一定の時間的・経済的余裕のある有産階級によって担われてきたため,ある意味ではあらゆる時代の支配的政治形態は金権政治であったということもできよう。一般的には,貴族制が同じく少数者の支配でありながらも,有徳な人間による支配であったのに対して,寡頭制,金権政治は悪しき少数者支配を意味した。ローマにおいては,領土の拡大に伴って貧富の差がしだいに広がり,帝政期にはいると政治は皇帝と富裕階級の手に独占されるようになった。
金権政治と呼びうる政治が再び姿を現すのは,中世後期に貨幣経済が浸透して商業が活発になり,中世都市が遠隔地貿易を牛耳る大商人によって支配されるようになってからである。イタリアのメディチ家やドイツのフッガー家,ハンザ同盟の諸都市がその例といえよう。イタリアにはじまるルネサンスは,まさにこのような都市の富を背景に成立したのである。近世以降,絶対王政が確立していく過程で,都市の富裕商人は王室に対する金融を行い,また,徴税を請け負うことによって,絶大な権力を握ることになった。市民革命を経て,近代民主主義が成立した西欧諸国において,政治権力は人民の意志に基礎づけられるが,財産にもとづく参政権制限は,19世紀末に至るまで支配的であった。選挙法改正によってこの制限が撤廃されてからも,資本と政治権力との結びつきはむしろ強化されていった。金権政治の語はこのような資本主義の展開に対する左翼からの批判として用いられただけでなく,国家社会主義を標榜するナチスによって,ユダヤ系金融資本に対する攻撃としても使われることになった。
日本では明治以降,〈富国強兵〉〈殖産興業〉のスローガンのもとに政府の主導によって資本の育成が行われたが,これは利権との結びつきが強く,政商の活動が時の政府に大きな影響を及ぼした。多くの疑獄事件はこのような背景のもとに生じたのである。第2次大戦後になっても,政治活動にきわめて多くの資金を要するという事態に本質的な変化はなく,金銭によって党内の自勢力の拡張を行い,選挙に際して地盤の拡大をはかることは公然の秘密といえよう。しかも,現代の高度な資本主義社会における政府の政策は,軍事,公共事業を通じて多くの利権を生み出す。このため,一方における政府の事業と大資本との結びつきと,他方における政治家個人レベルでの利権とが複雑にからみあうことになる。金権政治は,単に政治倫理の問題にとどまらず,現代の政治社会の構造に深くかかわっているといえよう。
執筆者:吉岡 知哉
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金の力で政治に影響を与え、政治的決定を左右する状態をさす。ギリシア語のplutokratiaとは富裕者階層による支配を意味し、古代ギリシアの政治家ソロンは、アテネ市民を土地・財産の大小によって4階級に分け、その階級によって政治参与を制限した。これをティモクラティアtimocratiaといい、アリストテレスの「徳の政治」に対置される。
富者による政治支配は、古代ギリシアに限らず、下って近世初頭のドイツのフッガー家、19世紀ではイギリスのユダヤ系大資本家ロスチャイルド家なども君主への金品授与によって、その政治的厚遇と特権的地位とを保持した。最近のわが国においては、田中角栄(かくえい)首相誕生とその後の田中支配に金権政治の典型的な姿がみられる。すなわち、1974年(昭和49)7月の参議院選挙は「金権選挙」とよばれ、全国区では、5(億円)当(選)4落などとうわさされた。また、田中退陣後の田中支配確立のなかで、中間無派閥議員の同派への加入や、新人議員への援助、さらには、83年の参議院選挙における比例代表区候補の名簿順位決定などでは、多額の金銭が動いたとされ、「数こそ力」「金こそ力」という論理に対し、その金権的体質が問われた。それゆえ、今日では、田中的政治支配は、選挙区への利益還元政治を含めて金権政治の代名詞となっている。
[福岡政行]
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