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金解禁 きんかいきんlifting of gold embargo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金解禁
きんかいきん
lifting of gold embargo

金輸出禁止を解除し再び金の自由かつ無制限な輸出を認め,金本位制度に復帰すること。金輸出解禁ともいう。金解禁はそれを実施するときの金平価によって旧平価解禁と新平価解禁とに分けられ,前者は金輸出禁止前の金平価で,後者は金輸出禁止後の実勢為替相場を基準にして,それぞれ金解禁する場合のことをいう。 1920年代に各国が金解禁を実施したものの,30年代に金輸出再禁止を行わざるをえなくなったのは,1929年の大恐慌に加え多くの国が金輸出禁止期間の物価上昇と為替相場の下落を無視し,旧平価で金解禁を実施して国内経済に極度のデフレーションをもたらしたためである。 30年に日本の浜口内閣が行なった金解禁政策はその典型とされる。同年浜口雄幸が凶弾に倒れると,翌年末,犬養内閣は金輸出を再禁止した。

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デジタル大辞泉の解説

きん‐かいきん【金解禁】

金貨幣または金地金の輸出禁止を解除すること。特に日本では、昭和5年(1930)浜口内閣が金の自由輸出禁止を解除し、金本位制度に復帰させた政策をいう。金輸出解禁。

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百科事典マイペディアの解説

金解禁【きんかいきん】

いったん禁止した金の輸出を再び自由にすることで,金本位制度への復帰を意味する。第1次大戦中,各国とも金輸出禁止の措置をとった。戦後,米国(1919年)をはじめとして金本位復帰の動きが広まったが,日本では不況などで容易に実現せず,1930年1月浜口雄幸内閣が金解禁を断行した。
→関連項目井上準之助産業合理化昭和恐慌民政党

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世界大百科事典 第2版の解説

きんかいきん【金解禁】

金貨・金地金の輸出を自由化して金本位制度を復活させる措置。1917年9月12日以来,金貨・金地金の輸出が許可制(実質的禁止)となり,日本の金本位制は機能を停止していた。17年の金輸出禁止は,第1次大戦に参戦したアメリカの金輸出禁止に対処した措置であったが,大戦終結後,19年にアメリカが金本位制に復帰したのちも,日本は金輸出禁止をつづけた。高橋是清蔵相(1918年9月~22年6月)は,対中国政策の観点から金保有を重視し,金解禁をおこなわなかった。

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大辞林 第三版の解説

きんかいきん【金解禁】

金の輸出禁止を解き、金本位制に復帰すること。特に日本では、第一次大戦後、各国の金本位制復帰に伴い1930年(昭和5)浜口内閣がデフレ政策の一環として行なったものをいう。金輸出解禁。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金解禁
きんかいきん

金の輸出を自由にし、金本位制に復帰すること。日本では1930年(昭和5)1月11日実施。第一次世界大戦中各国が金本位制を停止するなかで、日本も1917年(大正6)9月12日、金の輸出を許可制とする大蔵省令公布により、事実上金本位制を停止し、為替(かわせ)は時の相場によりフロートする体制となった。第一次世界大戦後、金本位制再建の国際世論が高まり、1922年主要国政府代表の参加したジェノバ会議はこれを支持した。日本は大戦後の不況に続いて、関東大震災、金融恐慌が起こり、金解禁の機会を逸していたが、1928年(昭和3)フランスの金本位復帰により、主要32か国中で復帰を果たしていない国は、日本を含め6か国を残すのみとなった。この間、為替相場は旧平価100円につき48ドル84.5セントに対し、震災後一時38ドル台に低下したが、昭和年代には年平均46~47ドルに回復したものの、投機による相場の乱調な上下は正常な国際取引を阻害したから、国内の世論もまた、金本位制への復帰を待望した。1929年7月、金解禁即時断行を党是とする民政党の浜口雄幸(おさち)内閣が成立すると、蔵相に井上準之助を据え、ただちに解禁の準備に着手、予算を削減して緊縮財政によるデフレ政策を推進し、国内物価の国際物価へのさや寄せを図るとともに、金準備の充実のため、米英銀行団からのクレジット1億円を設定、11月に、翌1930年1月に金を解禁すると予告した。浜口首相、井上蔵相の意図は、為替安定下に産業を合理化し、日本経済の国際競争力を高め、また、金本位制の景気調節機能によって、経済を正常化することにあった。しかし旧平価による解禁は、日本経済の実勢に対しやや円高で厳しいものであったうえに、1929年10月ニューヨーク・ウォール街の株式暴落に始まった世界恐慌は、内外識者の予測を裏切って深刻化し、デフレ政策に伴う日本の物価低落を上回る海外物価の低下により、輸出は振るわず、日本経済は未曽有(みぞう)の不況に陥った。井上は金本位制維持の方針を堅持して、緊縮財政政策を続けた。しかし1931年9月、満州事変が勃発(ぼっぱつ)し、ついでイギリスが金本位制を停止すると、日本の金再禁止間近しとの観測から、円売りドル買いが盛んに行われた。井上は円を買い支えて防戦に努めたが、金の流出が続き、金本位制維持は困難となった。同年12月13日、犬養毅(いぬかいつよし)内閣が成立し高橋是清(これきよ)が蔵相に就任すると、ただちに金輸出再禁止が実施され、日本の金本位制は終焉(しゅうえん)した。[大森とく子]
『中村政則著『昭和の歴史2 昭和の恐慌』(1982・小学館) ▽長幸男著『昭和恐慌』(岩波新書) ▽中村隆英著『昭和恐慌と経済政策』(日経新書)』

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