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鉄血政策 てっけつせいさくBlut und Eisen

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鉄血政策
てっけつせいさく
Blut und Eisen

ドイツ統一の際,プロシアの宰相 O.ビスマルクがとった政策。 1848年のドイツ三月革命,その後のフランクフルト国民議会によるドイツ統一の失敗ののち,62年プロシアの宰相に就任したビスマルクは議会を停会したまま軍備拡張を実行し,63年オーストリアを誘ってデンマークに宣戦し,2つの州をその支配下においた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

てっけつ‐せいさく【鉄血政策】

ドイツ統一をめざすプロイセンの軍備拡張政策。1862年に行われた、首相ビスマルクの「現在の問題は演説や多数決ではなく、ただ鉄と血によってのみ解決される」との議会演説に基づく。

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世界大百科事典 第2版の解説

てっけつせいさく【鉄血政策】

ビスマルクのドイツ統一政策に対する呼称。プロイセン憲法紛争が激化してきた1862年,プロイセン首相となったビスマルクは9月30日に,下院予算委員会で〈現下の大問題は言論や多数決によってではなく,血と鉄Blut und Eisenによってのみ解決される〉と演説した。ここから彼の政策は〈鉄血政策〉と称せられ,軍事力によるドイツ統一政策の別称となった。この政策はドイツ統一の推進という〈正〉の側面と軍国主義の高進という〈負〉の側面との両面から把握される必要がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

てっけつせいさく【鉄血政策】

ドイツ統一のためプロイセン首相ビスマルクがとった政策。1862年、軍備拡張に反対する議会の自由主義者にビスマルクが「鉄(武器)と血(兵士)によって問題は解決される」と反撃したことによる名称。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鉄血政策
てっけつせいさく
Eisen und Blut-Politikドイツ語

ビスマルクが1860年代ドイツの統一を進めるためにとった内外政策。プロイセン政府は、60年軍備増強のため軍制改革案を議会(下院)に上程した。議会多数派は反対し、深刻な憲法紛争となった。62年9月、この窮境を救うため首相に任命されたビスマルクは、就任直後下院の演説で、「現下の大問題は言論や多数決によってではなく、鉄と血によってのみ解決される」と言明し、議会の反対を無視して予算を執行、軍備増強を行った。この軍事力でもってオーストリアとフランスを破り、ドイツ統一を達成した。このため当時の人はビスマルクを「鉄血宰相」、彼の政策を「鉄血政策」とよんだ。[木谷 勤]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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