鎌倉仏教(読み)かまくらぶっきょう

百科事典マイペディア 「鎌倉仏教」の意味・わかりやすい解説

鎌倉仏教【かまくらぶっきょう】

平安末期以来,末法(まっぽう)思想の克服を願った仏教思想の動向の中から,鎌倉中期頃までに新仏教や南都仏教の復興がおこった。新仏教には浄土教系から法然(ほうねん)は浄土宗親鸞(しんらん)は浄土真宗一遍(いっぺん)は時宗を,また日蓮(にちれん)は日蓮宗を開宗,衆諸に信仰を広げた。帰朝僧栄西(えいさい)と道元(どうげん)は,禅宗の臨済(りんざい)宗・曹洞(そうとう)宗を開き,主に武士層の信仰を集めた。一方南都仏教では華厳(けごん)宗の高弁(こうべん),律宗では泉涌(せんにゅう)寺を復興した俊【じょう】(しゅんじょう),非人・癩者の救済事業を起こした叡尊(えいぞん)・忍性(にんしょう)らが出て活発な活動を行った。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「鎌倉仏教」の解説

鎌倉仏教
かまくらぶっきょう

平安末~鎌倉時代に政治・社会変動を背景に展開した,古代仏教に対する一大革新運動。浄土教系統の法然(ほうねん)による浄土宗,その弟子親鸞(しんらん)による浄土真宗(一向宗),一遍(いっぺん)智真による時宗の開宗,禅宗系統の栄西(えいさい)による臨済宗や,道元(どうげん)による曹洞宗の中国からの将来,日蓮(にちれん)による日蓮宗(法華(ほっけ)宗)などの開宗に示される。この6宗の開宗の背景には,既成の仏教教団や為政者からのきびしい弾圧があった。東大寺明恵(みょうえ)高弁や,興福寺の解脱房貞慶に代表される法然批判はその典型。西大寺の叡尊(えいぞん)・忍性(にんしょう)ら旧仏教側の復興・革新の動きも注目される。新旧の仏教教団の対立・批判を通して,仏教の庶民への開放(易行(いぎょう)化),来世における救済の保証(現世否定)などが唱えられた。日本宗教史上,豊かな思想を結実させた空前の思想運動であった。

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旺文社日本史事典 三訂版 「鎌倉仏教」の解説

鎌倉仏教
かまくらぶっきょう

平安末期から鎌倉初期にかけておこった各宗派の仏教をいう
宗派別にあげれば,浄土教系のものとして,法然を開祖とする浄土宗,親鸞に始まる浄土真宗(一向宗),一遍の創始した時宗 (じしゆう) があり,宋から伝えられた禅宗系統には,栄西による臨済宗,道元による曹洞宗があり,ほかに日蓮の唱えた日蓮宗(法華宗)がある。この時代には,旧仏教の腐敗,末法思想の影響,社会不安・政治的混乱の中から新しい仏教が要求されたのであり,したがって新仏教の特色は,難解な学問・造寺造仏・寺領寄進・戒律などを不要とし,念仏・題目・坐禅などのたやすい方法で,万人が仏の救いにあずかり得ることを説いた点にあり,前代の貴族仏教に対し,より民衆化した。

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世界大百科事典(旧版)内の鎌倉仏教の言及

【仏教】より

…念仏によって極楽往生を願うこの信仰は,市聖(いちのひじり)と呼ばれた空也,《往生要集》を著した源信,融通念仏宗を開いた良忍らによって急速に古代末期の社会に浸透していった。
[鎌倉仏教]
 仏教が真の意味で民衆の宗教として確立したのは鎌倉時代だった。いわゆる鎌倉新仏教の成立である。…

※「鎌倉仏教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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