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末法思想 まっぽうしそう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

末法思想
まっぽうしそう

釈尊の入滅後,年代がたつにつれて正しい教法が衰滅することを説いた仏教の予言,およびそれに基づく思想。正法像法の時代を経て,教えのみ残り,修行も悟りも得られなくなる末法に入るとされる。

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デジタル大辞泉の解説

まっぽう‐しそう〔マツポフシサウ〕【末法思想】

仏教の歴史観の一。末法に入ると仏教が衰えるとする思想。日本では、平安後期から鎌倉時代にかけて流行。平安末期の説によれば、永承7年(1052)に末法の世を迎えるとした。

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百科事典マイペディアの解説

末法思想【まっぽうしそう】

釈迦の滅後,年代がたつにつれて正しい教法が衰滅するとする思想。正法(しょうぼう),像法(ぞうぼう)の時代を経て,教(仏説)のみ残り,行(実践),証(その結果)の失われた末法に入るとされる。
→関連項目鎌倉仏教終末観浄土信仰弥勒

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とっさの日本語便利帳の解説

末法思想

仏滅後を正法(しょうぼう。五〇〇年あるいは一〇〇〇年)・像法(ぞうぼう。次の五〇〇年あるいは一〇〇〇年)・末法(まっぽう。像法後の一万年)に分け、時代と共に正しい教法は衰退に向かい、末法の世は仏の教えがすたれる乱世であるとする予言思想。平安末期から鎌倉時代にかけて広まり、末法克服を掲げる新仏教への道を開いた。

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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防府市歴史用語集の解説

末法思想

 仏教の考え方で、釈迦[しゃか]の教えと正しい行い・行いによる悟りの3つがある状態から、悟りがなくなり、次に正しい行いもなくなっていくという考えが末法思想です。悟りと正しい行いがなくなった状態が末法[まっぽう]で、釈迦の死後1000年たった、1052年から末法になると信じられていました。

出典|ほうふWeb歴史館
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世界大百科事典 第2版の解説

まっぽうしそう【末法思想】

釈迦入滅後における仏教流布の期間を3区分した正像末の三時の考え方に立脚し,末法時に入ると仏教が衰えるとする予言的思想のことであり,仏教の漸衰滅亡を警告する歴史観である。正法時と像法時については,インド仏教で早くから考えられていたが,末法の思想は6世紀ころに西北インドで成立してただちに中国にもたらされたらしく,やがて日本にも伝えられた。 仏の教法〈教〉のみがあって,教法に従って修行する者〈行〉も,修行の果報を得る者〈証〉もなく,国土も人心も荒廃する末法時が1万年つづいて法滅尽を迎えるとする点では異説がない。

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大辞林 第三版の解説

まっぽうしそう【末法思想】

〘仏〙 釈迦入滅後、五百年間は正しい仏法の行われる正法しようぼうの時代が続くが、次いで正しい修行が行われないため、悟りを開く者のない像法ぞうぼうの時代が一千年あり、さらに教えのみが残る末法の時代一万年を経て、教えも消滅した法滅の時代に至るとする考え。各時期の長さには諸説ある。「末法灯明記」などにより、日本では1052年を末法元年とする説が多く信じられた。平安末期から鎌倉時代にかけて広く浸透し、厭世えんせい観や危機感をかきたて、浄土教の興隆や鎌倉新仏教の成立にも大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

末法思想
まっぽうしそう

釈迦(しゃか)入滅後、その教法(きょうぼう)を実行し証(さと)りうるものが時の経過とともに少なくなり、仏法が衰滅するという思想である。当初、インド方面で、真実正法(しょうぼう)1000年(500年)存在説(『雑阿含(ぞうあごん)』25、『五分律(ごぶんりつ)』29、パーリ『増支部経典(ぞうしぶきょうてん)』5の第8集の「六瞿曇弥品(くどんやほん)」、『大毘婆沙論(だいびばしゃろん)』183など)が出され、のち、比丘(びく)の堕落、諸国王の仏教破壊などにより、正法は500年(1000年)で滅し、相似(そうじ)の似而非(えせ)の仏法たる像法(ぞうぼう)が1000年または500年行われるにとどまるとの説が出されてくる(『雑阿含』32、『大宝積経(だいほうしゃくきょう)』2・89、『大集経賢護分(だいじゅうきょうけんごぶん)』、『大集経(だいじゅうきょう)』56、『悲華経(ひけきょう)』7、『摩訶摩耶経(まかまやきょう)』下、『大乗三聚懺悔経(だいじょうさんじゅさんげきょう)』など)。龍樹(りゅうじゅ)(200年ごろ)の『中論(ちゅうろん)』の最初や『智度論(ちどろん)』44、63、88など、部派仏教者を、仏滅後500年の像似(ぞうじ)の贋(にせ)仏教者と貶(へん)称する。このような正法・像法仏教衰滅思想を受けて、中国で、大成されるのが末法法滅(まっぽうほうめつ)思想である。このように、当初は、正法・像法法滅思想にとどまるが、南北朝末より隋(ずい)、唐初に至るや、正像末三時の思想が表れてくる。天台の慧思(えし)(515―577)は『立誓願文(りっせいがんもん)』に正法500年、像法1000年、末法(まっぽう)1万年説を出し、信行(しんぎょう)(540―594)は末法時の三階(さんがい)仏教の実践を提唱し、道綽(どうしゃく)(562―645)は『安楽集(あんらくしゅう)』に末法五濁悪世(ごじょくあくせ)時の浄土念仏(じょうどねんぶつ)を主唱し、南山律(なんざんりつ)の道宣(どうせん)(596―667)は『四分律行事鈔(しぶんりつぎょうじしょう)』『続高僧伝(ぞくこうそうでん)』などに像末時の戒律復興を説いている。また、法相(ほっそう)の窺基(きき)(632―682)は『大乗法苑義林章(だいじょうほうおんぎりんじょう)』などに、正法時には「教(きょう)・行(ぎょう)・証(しょう)」の三つが整っているも、像法時は「教(きょう)・行(ぎょう)」のみで、末法時には「教(きょう)」のみとなるゆえ、仏道に専精(せんしょう)するようにと説くに至る。三論(さんろん)の吉蔵(きちぞう)(549―623)の『三論玄義(さんろんげんぎ)』『十二門論疏(じゅうにもんろんそ)』などにも、正法500年・像法1000年(500年)・末法1万年説を示すが、慧思、信行、道綽、道宣などが、仏教像季(ぞうき)(像法時の末)末法衰滅史観に直接たち、実践的に仏法興隆を強く叫ぶ。とくに、信行は一仏一教によらない普真普正(ふしんふしょう)(あらゆる真・正なるもの)の三階仏法・普法(ふほう)の激しい実践修行を説き、道綽は浄土念仏易行道(いぎょうどう)の実践を主張し、後の仏教界へ多く影響した。
 日本においても、以上の動向を受け、日本天台の祖最澄(さいちょう)の『正像末文(しょうぞうまつもん)』やその著とされる『末法燈明記(まっぽうとうみょうき)』などの末法思想の高揚がある。とくに、『末法燈明記』の周(しゅう)の穆王(ぼくおう)53年壬申(じんしん)仏入滅(前949)とする正五・像千・末万説は、後の皇円(こうえん)の『扶桑略記(ふそうりゃくき)』29などに示す正千・像千・末万説とともに、平安朝中末期より鎌倉期の仏教界に、多大の影響を与える。円珍(えんちん)の『授菩薩戒儀記(じゅぼさつかいぎき)』、源信(げんしん)の『往生要集(おうじょうようしゅう)』、永観(えいかん)の『往生拾因(おうじょうじゅういん)』などより、とくに、鎌倉仏教者法然(ほうねん)(源空)の『選択集(せんじゃくしゅう)』、栄西(えいさい)の『興禅護国論(こうぜんごこくろん)』、貞慶(じょうけい)の『愚迷発心集(ぐめいほっしんしゅう)』、高弁(こうべん)の『華厳仏光観法門(けごんぶっこうかんぼうもん)』、親鸞(しんらん)の『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』、道元(どうげん)の『永平広録(えいへいこうろく)』、日蓮(にちれん)の『顕仏未来記(けんぶつみらいき)』などに至るや、末法仏教衰滅思想痛感のなかに、正像末三時超越の絶対永遠不滅仏教の実践を主張する。[石田充之]
『石田充之著『講座仏教思想 一 末法思想』(1974・理想社)』

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