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開発教授 カイハツキョウジュ

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デジタル大辞泉の解説

かいはつ‐きょうじゅ〔‐ケウジユ〕【開発教授】

子供の生来の能力を開発するために、具体的事物による直接経験、創意・自発性を尊重する教授法。ペスタロッチの理論に基づく。→注入教育

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大辞林 第三版の解説

かいはつきょうじゅ【開発教授】

知識や技術を一方的に与えるのではなく、児童の自発性を重んじ生まれつき持っている能力や心性を開発しようとする教育方法。ペスタロッチの考えと方法を基にしたもの。 → 注入教授

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

開発教授
かいはつきょうじゅ

知識注入主義的、暗記中心主義的教授を排して、子供の自然性に基づいた内なる能力や心性の開発を目的とした教授法である。1878年(明治11)アメリカ新教育運動の中心となっていたオスウェゴー師範学校留学から帰った高嶺(たかみね)秀夫や、ブリッジ・ウォーター師範学校から帰国した伊沢修二らによって唱えられたペスタロッチ主義教育を原理とする教授法で、明治10年代から20年代にかけて日本に広く普及した。開発教授は、当時の教育界に指導的役割を果たしていた自然主義教育と軌を同じくしていた。
 当時欧化思想はわが国の教育界にも深く浸透し、欧米の教育学説は大いにもてはやされていた。そうした風潮のなかでペスタロッチ主義教育を紹介した若林三郎・白井毅共著の『改正教授術』(1883)とその続編(1884)は広く注目され、開発教授の普及に大きな役割を果たした。若林・白井は東京師範学校で高嶺や伊沢の門弟であり、両者の強い影響を受けたといわれている。
 しかし当時行われていた開発教授は、問答教授と混同され、教師が子供になんでも問いかけて答えさせれば開発になると考えられ、そのため、いたずらにことばのやりとりに終始する授業となり、本来の精神とはかけ離れたものになっていた。[寺川智祐]

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