改訂新版 世界大百科事典 「関東公事」の意味・わかりやすい解説
関東公事 (かんとうくうじ)
〈関東御公事〉ともいう。鎌倉幕府が御家人に負担させた課役で,いわゆる御家人役のうち,軍役以外の経済的奉仕義務をさす。なお広義には御家人役全般をさすこともあるが狭義に用いるのが一般的である。その特色を示せば,(1)諸御家人に充課された恒例・臨時の雑税で幕府の政所で統轄された。(2)その用途内容は,鎌倉御所用途すなわち幕府自体の費用をはじめ,内裏・寺社などの修造費の分割負担,篝屋用途(かがりやようと),防鴨河堤役,駅家(うまや)雑事(伝馬,送夫,食料供給,宿次兵士役など),新造御所用途,以下多種であり,その用途を明確に示した臨時課役が多い。(3)京都大番役などの軍役とは異なり,関東公事の場合には守護の催促権が介在せず,もっぱら御家人の一族の惣領の支配権のもとに総轄され,庶子がそれぞれ分限に従って分担するのが原則であった。すなわち惣領制が公事勤仕の機能を有していたのである。(4)御家人を単位としてその所領を基準に賦課されたが,その基準となる所領とは,より厳密にいえば所領全体ではなく,御家人の所領内の公田すなわち公事定田と呼ばれる公的に登録された範囲に限定されていた。以上が関東公事について現在定説化されているところであるが,この関東公事は幕府存立の経済的基礎ともなるものであり,幕府としてはこれを負担する御家人所領の減少をおそれ,それを防止するための立法も行っている。《御成敗式目》では,所領を譲与された御家人の女子が月卿雲客(げつけいうんかく)(公卿と殿上人)を婿とした場合にはその女子が所領の分限に従って公事を勤仕すべきことと定められたが,1240年(仁治1)には雲客に嫁した女子への所領譲与を禁止するに至った。また所領を御家人以外に売却することを禁止したのも公事減少を嫌ったためである。幕府が大田文を作成した目的の一つは,公事配分の正確を期することであった。なお臨時の公事は頼朝時代からみられるが,恒常的な賦課として関東公事が制度化したのは承久の乱後のことである。
執筆者:安田 元久
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報