京都大番役(読み)きょうとおおばんやく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

京都大番役
きょうとおおばんやく

鎌倉幕府が,京都の内裏 (だいり) 諸門警備のため,御家人に課した御家人役。鎌倉大番役に対する呼称。諸国の地頭,御家人に6ヵ月の期間で課した。東国の場合は惣領,西国の場合は守護が統轄して勤仕した。のち,期間を3ヵ月に減じ,主として西国御家人があたり,しかも在京人異国警固番役勤仕者は免除された。 (→大番役 )

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百科事典マイペディアの解説

京都大番役【きょうとおおばんやく】

鎌倉期の内裏(だいり)・院御所(いんのごしょ)諸門の警固番役で,御家人役の一つ。内裏大番役・大内(おおうち)大番役ともいう。鎌倉大番役・摂関家大番役などもあったが,一般に大番役といえば京都大番役をさす。平安後期にはすでに諸国武士による交替勤番制があり,大番の呼称も用いられていた。1185年源頼朝が京都に入ると,内裏・院御所の警固などは頼朝の管掌するところとなり,1192年ころから御家人の所役とし非御家人の勤仕を排除した。大番衆として在京中の御家人は初め京都守護の統轄下にあったが,承久の乱後幕府は六波羅探題を置き統制を強化,大番衆は六波羅探題・守護の統轄下に分番勤番した。また幕府の侍所は大番役全体を統轄し,結番(けちばん)(勤務の順番,期間などの決定),賦課のほか,関係訴訟の取扱いなどに当たった。勤仕手続きは結番表に基づき守護および御家人の家長あてに指令が出される。それを受け家長は管国内の御家人または一族に催促状を発して上洛させた。勤仕終了後,守護は覆勘(ふっかん)状(勤仕終了証明書)を発行,これは催促状とともに御家人であることの証拠資料として長く重用された。鎌倉幕府滅亡後,建武新政権も内裏大番役の制度を設けたが,新政の崩壊後,室町幕府はこの制度を踏襲しなかった。
→関連項目篝屋御恩・奉公参勤交代

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世界大百科事典 第2版の解説

きょうとおおばんやく【京都大番役】

鎌倉時代,内裏・院御所諸門の警固番役。鎌倉幕府の御家人役の一つ。内裏大番役,大内大番役ともよばれた。鎌倉時代後期の裁判関係の書《沙汰未練書》には〈大番とは内裏警固番役なり〉とあり,大番役といえば普通京都大番役をさす。平安時代中ごろより衛士上番の制に代わる諸国武士の交替勤番制があったとみえ,すでに大番の呼称も用いられている。幕府の成立とともに源頼朝の管掌するところとなり,はじめは御家人たると否とを問わず諸国の武士に勤仕させたようであるが,1192年(建久3)ごろより御家人の所役とし,非御家人を排除して御家人のみに勤仕を令し,荘園領主等との摩擦を回避した。

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