中国において,正面切った詩論ないし詩学の書ではなく,エッセー風の評論の書を言う。詩の語法・修辞・押韻,作品の成立や作者の伝記の考証,作品にかかわる逸話,全編あるいは一語一句の批評などを,概論的な体系を持たせずに書きつらねたものである。詩を話題とすることは,すでに先秦時代,孔子による《詩経》の論評にさかのぼる。またはるかに理論的に深められた六朝時代の劉勰(りゆうきよう)の《文心雕竜(ちようりよう)》,鍾嶸(しようこう)の《詩品》などがあるが,とくに詩話と呼ばれる書の開祖は,11世紀北宋の代表的文学者欧陽修の著《六一居士詩話》である。つづいて司馬光の《続詩話》,以後,南北両宋の時代を通じて,〈詩話興って詩亡ぶ〉と言われるほど数多くの詩話が現れ,14世紀以降,元・明・清代にも勢いは衰えを見せなかった。その影響は,日本や朝鮮にも及び,すでに室町時代には,禅僧虎関師錬の《済北詩話》があり,江戸時代に至っていっそうその数を増した。この種の著作が盛行した背景には,体系や理論信仰よりも,事実指向が常に強力な中国文化の特色として存在したこと,また宋代以降,木版印刷が発達し,書籍の出版がにわかに盛んとなったのにともない,詩を読み,作る人の数が,以前に比べて飛躍的に増大したということがらがある。
詩話にはさまざまの形態が生まれた。まず,著と編に分けるならば,《六一居士詩話》を始めとする純然たる自著がもとより多数であるが,詩人・文人が詩について語ったことばを,その著作から第三者が抜粋,編集したもの,たとえば元代の陳秀民の手に成る《東坡詩話》,さらに過去のさまざまの詩話の内容を,みずからの意図するところに従って集成改編した場合として,南宋初に胡仔(こし)の《漁隠叢話》前集60巻・後集40巻があり,南宋末には魏慶之の《詩人玉屑(ぎよくせつ)》21巻がある。つぎに,時間的と空間的とに分けるならば,ある一時代の作品・作者に話題を限定したものとして,宋の計有功の《唐詩紀事》81巻,清の厲鶚(れいがく)・馬曰琯(ばえつかん)共編の《宋詩紀事》100巻がある。空間的なものとしては,一地域,たとえば浙江の詩人に対象を限定した,清の陶元藻の《浙江詩話》56巻などがあげられる。最後に,各時代の代表的な詩話を集成する叢書の一類があり,清の何文煥の《歴代詩話》(28種を収む),民国の丁福保の《清詩話》(45種を収む)などがある。上述のごとく,詩話はおおむね断片的な印象批評の羅列が本来のかたちだが,時として詩の原理論をまっこうから説くものがある。13世紀前半,南宋末に出現した厳羽の《滄浪詩話》(詩弁・詩体・詩法・詩評・考証の5編から成る)がより早く,下っては17世紀,清の葉燮《原詩》がそれである。
詩話は無数に生まれたが,詩論史上見落とすことのできぬ作としては,上記のほか,宋代では范温《潜渓詩眼》,葉夢得《石林詩話》,張戒《歳寒堂詩話》,明代では王世貞《芸苑巵言(しげん)》,清代では袁枚(えんばい)《随園詩話》,趙翼《甌北(おうほく)詩話》などであろう。
執筆者:荒井 健
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
中国において詩に関する随筆的書物の総称。宋(そう)の欧陽修(おうようしゅう)の『六一(りくいつ)詩話』に始まり、以後続々と何々詩話と著者の号を冠したものが現れた。その内容は、詩派の源流を論じ、詩句に寸評を加え、詩の作法を説き、詩人の言行を記録するなど雑多なものがほとんどであるが、なかには宋の厳羽(げんう)の『滄浪(そうろう)詩話』や清(しん)の趙翼(ちょうよく)の『甌北(おうほく)詩話』のように体系だった記述をなしているものもある。ほかに格調派の明(みん)の謝榛(しゃしん)の『四暝(しめい)詩話』、神韻説の清の王士禎(おうしてい)の『帯経堂(たいけいどう)詩話』、性霊(せいれい)説の清の袁枚(えんばい)の『随園詩話』などが有名。詩話のほとんどは『歴代詩話』『歴代詩話続編』『清詩話』に収められており、それぞれの時代の詩意識をうかがうための好資料を提供している。
[横山伊勢雄]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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