障害者福祉(読み)しょうがいしゃふくし(英語表記)social services for the mentally and physically handicapped

改訂新版 世界大百科事典 「障害者福祉」の意味・わかりやすい解説

障害者福祉 (しょうがいしゃふくし)
social services for the mentally and physically handicapped

一般に心身に障害のある人々,すなわち障害者に対して供給されている社会福祉の諸サービスを総称して障害者福祉という。一般に,障害者は精神あるいは身体のいずれかにおいて,あるいはその両面においてなんらかの障害を有する者と理解されている。より具体的には,障害者は,肢体に障害のある肢体不自由者,視覚に障害のある視覚障害者や聴覚に障害のある聴覚障害者,心臓,肺,腎臓,腸などの機能に障害のある内部障害者を含む身体障害者,知的能力の発育に障害のある精神遅滞者(知的発達障害者),および統合失調症躁うつ病など精神的疾患のある者やその回復期にある者を含む精神障害者に類型化され,社会福祉においてもこのような障害の類型に対応するかたちで身体障害者福祉,精神遅滞者福祉,精神障害者福祉という区分がなされている。

 障害の概念については1980年に世界保健機関が〈WHO国際障害分類試案〉を発行している。これによれば疾病(ディジーズ)の帰結としての障害は,機能障害(インペアメント),能力障害(ディスアビリティ),社会的不利(ハンディキャップ)に分類される。機能障害は疾病(外傷も含まれる)が顕在化した状態を意味し,能力障害はそのために実際の生活のなかでの活動能力が制約されることを,社会的不利はさらにそのことのために通常の社会的役割が果たせなくなることを,それぞれ意味している。このように障害を3通りのレベルに分離することによって,障害についての理解が深まり,障害のある人々に対する援助の方策についてもより具体的かつ多様に構想されうるようになった。

障害者が長い人類の歴史のなかでどのように生き,社会や国家からどのように遇されてきたのか,現在においてもよく知られていないが,断片的な知識から推量すれば,人類社会の生産力が極度に低い時期においては障害者はほとんどその生命を全うする機会も与えられず,遺棄や殺害によって共同体から排除されていたようである。中世社会になってもこのような態度は基本的に継承され,発作や妄想をもつ一部の障害者が神仏の使徒等としてあがめられたり慈善事業による救済の対象になることがあったとはいえ,障害に起因する言動,容貌,姿態のゆえに過酷な迫害の対象とされるのが一般的であった。

 その後,社会が近代化され資本主義社会が到来すると障害者は労働能力に欠ける無能貧民の一部として遇されるようになる。障害者は身体や精神に障害のある者としてではなく,生活能力に欠ける貧民として扱われた。このような障害者に対する処遇のあり方は,資本主義の生成期から発展期にかけての資本主義社会に共通する現象である。貧民あるいは貧困者としてではなく,彼らのかかえる〈障害〉に留意した社会的処遇が登場するのは19世紀末から20世紀初頭にかけてのことであるが,それは多かれ少なかれ能力主義的な社会進化論や優生思想と結びついていた。欧米に典型的にみられるように,障害者,なかでも知的発達障害者や精神障害者に対する関心の方向は否定的なものであり,民族の純粋性や優秀性を維持するという観点から彼らは人為的に淘汰されるべき対象とみなされたのである。こうした障害者処遇は,ナチス・ドイツの断種法や日本の国民優生法にみられるように,第2次大戦の時期にはいっそう極端なものとなった。

 しかしながら,こうした障害者に対する社会的関心のあり方も,第2次大戦後多くの資本主義国が福祉国家政策を導入する過程で少しずつ肯定的積極的なものに転換される。相次ぐ戦争,産業の発展にともなう労働災害や交通事故の増加によって,各国とも身体障害者が急激に増加し,その生活維持や社会復帰の問題が社会問題化することになった。労働力の販売による雇用や自営による稼得(収入)を生活の基盤とする資本主義社会においては,ほとんどの場合,障害者は深刻な生活の危機に直面させられることになる。しかも,他方において,資本主義経済の発展はかつて障害者たちがその生活を依存してきた家族の私的扶養能力や地域社会の相互扶助能力を縮小させていった。こうした要因を背景としながら,障害者についても,健常者と同様に,国民の一員として等しく健康で文化的な最低限度の生活を維持する権利,すなわち社会権的生存権(生活権)をもつ存在であり,国はこれを保障する義務を負うという考え方が徐々に成熟する。今日,世界各国における障害者福祉はこのような背景をもちながら発展してきている。

しかし,第2次大戦後になっても障害者福祉の発展は必ずしも順調なものではありえなかった。世界的にみても障害者に対する偏見や差別意識には根強いものがあり,障害者に対する社会的な援助は遅々として進展せず,彼らの社会的な地位もなかなか向上しなかった。このため,国際連合は1972年に〈精神遅滞者の人権宣言〉を,75年には〈障害者の権利宣言〉を公にすることによって,国際社会に対して障害者に対する差別と不平等の是正を訴えた。さらに,76年12月,国際連合はそれまでの活動が十分に効果をあげていないという認識に基づき,第31回の総会において1981年を〈国際障害者年〉とすることを決議した。〈国際障害者年〉は世界的規模の啓蒙活動であり,〈完全参加と平等〉というスローガンにみられるように,肢体不自由,視覚障害,聴覚言語障害,内部障害,精神発達遅滞,精神病などに起因する障害のあるすべての障害者が,社会一般の人々と対等に同等の権利と機会を享有し,生活をともにしうる社会を実現することを目的に掲げていた。もとより,このような目的は81年の1年間だけでよく達成しうるものではない。このため,日本では国際連合による〈国際障害者年行動計画〉に応えるかたちで設立された国際障害者年日本推進協議会が81年11月に〈国際障害者年長期行動計画〉を策定し,以後〈国際障害者年〉の目的を達成する施策を展開してきた。

 他方,〈国際障害者年〉を契機に,それまでの身体障害者福祉施策のあり方に大きな反省を促す新たな理念が浸透しはじめた。〈ノーマライゼーションnormalization〉と〈インテグレーションintegration〉の思想である。ノーマライゼーションやインテグレーションの理念はもともとは国際障害者年に先行して1950年代後半のデンマークにおける知的発達障害児をかかえる親たちの運動に端を発するものであり,北欧やアメリカで発展してきた理念であるが,日本においては国際障害者年を契機として一般に定着することになった。ノーマライゼーションは〈平常化〉あるいは〈常態化〉とも訳されるが,障害者と健常者との区別や障害者に対する偏見や差別を取り除き,両者が生活をともにする社会を実現しようとする理念を意味している。人間の社会はもともと,性,年齢,健康,人種,民族,宗教,職業などさまざまの異なる属性をもつ人々がともに対等の立場で生活する社会であり,障害の有無もまた多様に存在する属性のひとつであるにすぎないとする思想である。インテグレーションとはそのような理念を実現するために,今まで障害者を差別し排除してきた伝統的な施策・制度や施設のあり方を改めて,社会から分離されてきた障害者を社会の一員として再び〈統合〉していく過程とそのための方策を意味している。

つぎに日本における障害者対策の特質をその展開の過程に留意しながら整理しておこう。(1)第2次大戦以前の日本には,精神遅滞児肢体不自由児など一部の障害児の保護にあたった民間社会事業と傷痍軍人対策を除いて,障害者対策といいうるものは存在しなかった。(2)戦後1949年に最初の障害者福祉立法として身体障害者福祉法が制定された。この法律は実質的には戦前からの傷痍軍人対策を引き継ぐものであるが,GHQによる日本の非軍事化,民主化という占領政策のもとで一般障害者対策として制定された。身体障害者福祉法は,当初はもっぱら生活困窮状態にある障害者に対する保護施策として機能した。(3)54年には身体障害者福祉法が改正され,更生医療制度が導入された。これによって,身体障害者対策の目標が社会復帰,すなわち自立生活への復帰であることが明確化された。(4)59年には国民年金法が制定され,障害年金および障害福祉年金の制度が設けられた。後者は20歳前から障害のある者についても支給されるもので,公的扶助以外では幼少期以来の障害者に対する初めての所得保障となった。(5)経済の高度成長の始まった60年には身体障害者の一般雇用の促進を意図して身体障害者雇用促進法が制定され,障害者の雇用保障に新たな道を開いた。同法は87年改正で精神薄弱者も対象に含め,障害者雇用促進法と改称された。(6)60年にはまた,精神薄弱者福祉法が制定された。(7)63年には重度身体障害者更生援護施設が設けられ,従来身体障害者福祉法の適用を受けられなかった重度身体障害者への対応が始まった。(8)67年には身体障害者福祉法の適用が一部の内部障害者にも拡大された。(9)同じく67年,身体障害者福祉法,精神薄弱者福祉法および児童福祉法の一部が改正され,障害児・者が一貫した福祉サービスを受けることができるようになった。(10)67年には身体障害者相談員の設置,身体障害者家庭奉仕員派遣事業の創設がみられ,以後社会福祉施設批判・脱施設化の波のなかで在宅サービスが拡大していくことになる。(11)70年には心身障害者対策の総合的推進を図ることを目的とし,その基本を定める心身障害者対策基本法が制定された。この心身障害者対策基本法は四半世紀を経て93年に改正され,名称も〈障害者基本法〉に改められた。新しい〈基本法〉は障害者施策の目的が障害者の〈完全参加と平等〉であることを再確認するとともに,障害者の範囲に精神障害者を含めること,〈障害者の日〉(12月9日)の設定,障害者基本計画の策定などについて規定している。(12)95年には障害者基本法による障害者の範囲の拡大をうけて,〈精神保健及び精神障害者福祉に関する法律〉が制定された。

障害者福祉は大きくは雇用保障,所得保障,医療保障,福祉サービスに分類することができる。障害者の雇用による生活の自立が困難な最大の理由は,資本主義社会においては労働力が商品として売買され,その商品価値がもっぱら使用者(労働力購買者)の側の尺度によって評価されること,しかもそれが一般に供給過剰の状況にある商品だということにある。おのずと障害者の雇用への機会は限られ,労働力の販売に成功した場合にも低賃金たることを避けられない。このため,障害者の雇用を自由な労働市場にゆだねることなく一定の公の規制を加えるというのが身体障害者雇用促進法の趣旨である。76年に改正された同法は障害者の雇用を努力義務から法的な義務へ一段と強化し,法定雇用率も引き上げ,民間事業所1.5%,国等の現業機関1.8%とした。さらに,雇用率未達成の事業所には身体障害者雇用納付金を課し,達成事業所には身体障害者雇用調整金・助成金を支給することとした。しかし,雇用率は達成されず,逆に罰金に相当する雇用納付金は当初の予想を上回っている。事業所によっては障害者を雇用することよりも雇用納付金を納付することを選択する例があり,大企業ほどこの傾向が強いのが実情である。

 障害者に対する所得保障は,基本的には拠出制年金制度の一部である〈障害基礎年金〉および〈特別障害者手当〉によって行われる。障害者が厚生年金や共済組合年金に加入している場合には〈障害厚生年金〉か〈障害共済年金〉が支給される。〈特別障害者手当〉は20歳以上の重度障害のある障害者に支給される手当であり,20歳未満の重度障害児には障害児福祉手当が支給される。以上の年金や手当によっても最低限度の生活水準を維持しえない障害者や障害者をかかえる世帯には公的扶助が適用される。公的扶助においては,一般的な扶助に加えて,一定以上の障害がある場合には障害者加算,重度障害者介護加算などの加算が行われる。

 障害者に対する医療保障は一般の場合と同様に基本的には保険医療によるが,保険に加入していない者やその受給資格を喪失した者は公的扶助の一環としての医療扶助を受給することになる。これに加えて身体障害者福祉法は一定の障害について更生医療制度を設けている。この制度の適用は医療の給付が受給者の労働能力や生活能力の回復や育成に結びつくことが条件となっており,一般の医療給付や医療扶助とは異なっている。また,公費による医療の給付としては,このほか児童福祉法による育成医療や療育の給付,母子保健法による養育給付,精神保健福祉法による措置入院,小児特定疾患治療研究事業,特定疾患治療研究事業などが行われている。

 障害者に対する福祉サービスは多様に存在するが,その主たるものは障害の軽減,労働能力や生活能力の回復育成をめざす入所施設による専門的サービスと,障害者の地域における自立的な生活を支えるための支援的サービスに分類することが可能である。以下,代表的なものをあげておこう。

 身体障害者に対する専門的サービスとしてつぎのものがある。身体障害者の更生に必要な治療,知識技能,職業訓練を行う施設として肢体不自由者更生施設,失明者更生施設,聾啞(ろうあ)者更生施設,内部障害者更生施設,雇用されることの困難な障害者に必要な訓練と職業を与える施設として身体障害者授産施設,重度身体障害者授産施設,身体障害者福祉工場,盲人ホーム,重度の障害者を収容し治療,養護,訓練を行う施設として重度身体障害者更生援護施設,身体障害者療護施設がある。身体障害者に対する支援的サービスには,補装具の交付・修理,日常生活用具の給付および貸与,家庭奉仕員の派遣,介護人の派遣,福祉電話の貸与,在宅障害者デー・サービス事業などがある。

 精神遅滞者については精神薄弱者福祉法に基づく福祉サービスとして精神薄弱者更生施設,精神薄弱者授産施設,精神薄弱者通勤寮のほか,各種在宅福祉サービスが提供されている。精神障害者に対する福祉サービスとしては,〈精神障害者社会復帰施設〉として精神障害者生活訓練施設,精神障害者授産施設,精神障害者福祉ホーム,精神障害者福祉工場が設けられている。

 このほか障害者に対しては福祉関係の制度によらない社会的便益の提供として,税制上の減免措置,運賃・料金の割引などの優遇措置が設けられている。

近年障害者施策には新しい理念がつぎつぎ導入され,日本の障害者福祉は新しい展開を示しつつある。そのような新しい理念の形成には障害者本人やその保護者などによる当事者運動が重要な意味をもった。日本における障害者福祉運動は1960年代ころから全国的な展開をみせはじめる。62年には全国言語障害児親の会,63年には全国心臓病の子どもを守る会,64年には全国精神障害者家族連合会,全国重症心身障害児を守る会,66年には全国視力障害者協議会が結成されている。これらの運動は,60年代後半から70年代前半にかけて人権思想を基盤としつつ行政に対する要求の実現,伝統的な入所施設中心主義に対する批判などを中心に,日本の障害者福祉の進路に重要な影響力を与えてきた。なかんずく身体障害者を中心とする障害者自身による人権主張や制度改善要求の果たした役割には大きなものがあった。彼らの運動はやがて自立意識の高揚とともに社会の一員として,自立的に生活する市民としてみずからを位置づける運動となった。この運動は必ずしも経済的自立のみを目的としない。それを頂点としつつも,障害の程度や内容に応じて,それぞれの水準での自立がありうると主張する。このような新しい運動の展開は,ノーマライゼーションとインテグレーションの理念を継承しつつ,自立生活の実現とそれを支援する活動に発展してきた。

 さらに,障害者福祉に関わる新しい理念としては,〈バリアフリー〉の思想がある。この思想は,建造物や道路から障害者の自由な移動を妨げるような段差や障害物を取り除くとともに,エレベーターその他の施設設備を設けることによって障害者のノーマライゼーションや社会参加を実現しようとするものである。1994年に制定された〈高齢者,身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の促進に関する法律〉(ハートビル法)はこのような理念を実現しようとするものであり,特定建築物の障壁を除去する水準である〈基礎的基準〉と障害者等が何不自由なく建築物を利用できる水準を示す〈誘導的基準〉が設定されている。このようなバリアフリーの思想は高齢者や身体障害者のみならず,子ども,妊産婦,傷病者を含む市民すべての生活にあてはまるものである。
社会福祉
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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