難波の堀江は、欽明天皇一三年一〇月に百済の聖明王がわが朝廷に献じた仏像を、崇仏廃仏論争のすえ物部尾輿らの奏によって「難波の堀江に流棄」(日本書紀)したという説話などで有名である。いまも西区に
堀江の場所はこれらの史料によって種々論議されている。おもな説は(一)
海、是堀江也」とあるのも天満川説と考えられるが、「大日本地名辞書」、「帝都」(喜田貞吉)も同説である。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...