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難波大助 なんばだいすけ

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百科事典マイペディアの解説

難波大助【なんばだいすけ】

虎ノ門事件

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

難波大助 なんば-だいすけ

1899-1924 大正時代の無政府主義者。
明治32年11月7日生まれ。難波作之進の4男。関東大震災のときの社会主義者虐殺をいきどおり,大正12年12月27日摂政宮裕仁(ひろひと)(昭和天皇)を狙撃(そげき)(虎ノ門事件)。大逆罪で大正13年11月15日死刑。26歳。山口県出身。早稲田高等第一学院中退。
【格言など】日本の権力者に対し反省をうながす道は,テロによる外,他に方法がない(「虎ノ門事件予審調書」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

難波大助

没年:大正13.11.15(1924)
生年:明治32.11.7(1899)
虎の門事件(1923)の当事者,大正期の反逆的な社会運動家。山口県熊毛郡周防村(光市)の旧家に生まれた。父作之進は県会議員,代議士も務めた。母はロク。徳山,鴻城両中学に学ぶが,中退。大正11(1922)年早稲田高等学院に入学。労働運動社会主義運動にも触れ,12年退学。新聞配達などの労働や木賃宿での底辺生活も経験した。帰郷中の12年,関東大震災の際の官憲の非道ぶりにテロリズムの決行を決意,12月父のステッキ銃を持って上京した。事前に新居格ら新聞記者にテロ決意の手紙を送ったうえで,同月27日東京・虎の門で議会開院式に赴く車中の皇太子(昭和天皇)を狙撃したが,失敗に終わった(虎の門事件)。大審院でも天皇制否定の主張を曲げず,死刑に処された。<参考文献>黒色戦線社編『難波大助大逆事件』,『続現代史資料』

(小松隆二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

なんばだいすけ【難波大助】

1899‐1924(明治32‐大正13)
大正期のアナーキスト。勤王の志士を祖父に地主の四男として山口県で出生。腎臓炎で徳山中学を長期休学,父の横暴に抵抗し,1917年の母の死で単身上京。20年の父の代議士当選にも反発,翌年,遠縁の河上肇の随想の誤読からテロリズムに傾き,22年春入学の早稲田高等学院では佐野学にも影響される。1年で退学帰郷し,伊藤博文の護身用ステッキ銃を入手,関東大震災の虐殺に憤激して23年12月,皇太子裕仁を虎の門付近で狙撃し,失敗して捕らえられ(虎の門事件),死刑。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

難波大助
なんばだいすけ
(1899―1924)

大正時代の無政府主義者。虎の門事件の犯人。明治32年11月7日、山口県選出衆議院議員難波作之進の四男として生まれる。1919年(大正8)郷里の県立、私立中学を転々とし、高校受験にも失敗して上京、予備校に通い、四谷(よつや)の貧民窟(くつ)近くで生活する。社会主義的な著作、河上肇(かわかみはじめ)の随想的論文「断片」(『改造』1921年4月号)や大逆事件関係資料などを読み、これらに強く影響を受け、無政府主義に近づき、社会に批判の目を向け始めた。22年4月第一早稲田高等学院の文科に入学したが、半年ほど在学ののち中退し、日雇人夫の生活を体験、やがてテロリストの道に進んでいった。23年(大正12)12月27日、第48帝国議会開院式に臨む摂政(せっしょう)宮皇太子裕仁(ひろひと)親王(昭和天皇)を虎ノ門で待ち構えて乗用車に接近してステッキ銃で狙撃(そげき)した(虎の門事件)が、弾丸は命中せず、宮は無事であった。難波大助はその場で逮捕され、翌年11月13日大審院で大逆罪として死刑判決が下され、15日に刑の執行を受けた。[佐藤能丸]
『原敬吾著『難波大助の生と死』再版(1980・国文社)』

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世界大百科事典内の難波大助の言及

【虎の門事件】より

…1923年12月27日午前,帝国議会の開院式に出席する途中の摂政宮裕仁が,東京・虎の門近くで難波大助に狙撃された事件。杖の仕込銃から発せられた弾丸は命中せず,摂政は難を免れた。…

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