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青函トンネル せいかんトンネル

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

青函トンネル
せいかんトンネル

本州と北海道を結ぶ海底トンネル。 1954年津軽海峡連絡隧道技術調査委員会が発足,諸調査の結果,湧水や軟弱部に遭遇する困難はあるが,トンネル掘削は可能と結論。これを引継ぎ,日本鉄道建設公団青函建設局で 64年から調査坑の掘削に着手し,71年に調査を終了,本州側の青森県東津軽郡今別町浜名と北海道側の上磯郡知内町湯里間を結ぶ全長 53.85km (海底部 23.3km) の本トンネルは,71年 11月 14日 (北海道側) ,15日 (本州側) 起工式が行われ,本格的な掘削が進められた。海底部の施工は,水平ボーリングによって前方の地質状態を確認しながら,先進導坑と作業坑を先進させ,作業坑のあとを追って本坑を掘進する。海峡の水深は最も深いところで 140mあるが,トンネルはこの海底から,さらに 100mの地下を通る。 88年3月 13日開業。世界最長。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

青函トンネル

全長53.85キロ。2010年にスイス・アルプスを縦断する全長約57キロの鉄道山岳トンネルが貫通し、世界最長の座は譲ったが、海底トンネルとしては世界最長。 1946年に地質調査が開始。54年9月、旧国鉄の青函連絡船5隻が暴風雨に見舞われ転覆、1430人が犠牲となった洞爺丸事故を機に実現に向けて大きく動き出した。掘削は64年、北海道側で始まり、2年後に本州側も掘削を開始。87年に完成し、翌88年3月、青函連絡船に代わってJR津軽海峡線が開通した。函館と新青森を結ぶ特急は約30分でトンネルを走り抜ける。

(2015-05-02 朝日新聞 朝刊 北海道総合)

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デジタル大辞泉の解説

せいかん‐トンネル【青函トンネル】

本州と北海道を結ぶ鉄道トンネル。JR津軽海峡線の主要部で、青森県東津軽郡今別町から竜飛(たっぴ)崎津軽海峡の海底部分23.3キロを通り、松前半島の上磯郡知内町湯の里に至る。全長53.85キロ。昭和60年(1985)貫通、昭和63年(1988)開業。
[補説]平成28年(2016)にスイスのゴッタルドベーストンネル(全長57.1キロ)が開通するまで、世界最長の鉄道トンネルだった。

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百科事典マイペディアの解説

青函トンネル【せいかんトンネル】

本州と北海道を結ぶ鉄道海底トンネル。経路は津軽半島の青森県今別町〜松前半島の北海道知内(しりうち)町間,延長53.85km,うち海底部分が23.3km,内径9.6mで新幹線複線用(現在は在来線との共用)に作られている。
→関連項目青森[県]青森[市]青函連絡船瀬戸大橋大清水トンネル竜飛海底[駅]竜飛崎津軽海峡鉄道連絡船福島[町]北海道

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世界大百科事典 第2版の解説

せいかんトンネル【青函トンネル】

本州と北海道の間に建設された鉄道トンネル。津軽海峡下の海底部延長23.3kmを含み,全長53.85km,完成すれば世界最長のトンネルとなる。構想は戦前からあったが,実際に調査が始められたのは1946年で,下北半島側を通る東ルートと津軽半島から松前半島に至る西側ルートのうち,火山帯を避けた西ルート案によって53年に〈鉄道敷設法〉の予定線に採択された。54年の洞爺丸事件(台風による青函連絡船洞爺丸の沈没)により計画が促進され,61年調査線に昇格,ボーリング,物理探査,深海観測などの調査を重ね,71年工事線に編入されて以来,本格的なトンネル工事が進められてきた。

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大辞林 第三版の解説

せいかんトンネル【青函トンネル】

本州と北海道とを結ぶ世界最長の鉄道トンネル。青森県今別町浜名と北海道知内町湯の里間、約54キロメートル(うち海底部分約23キロメートル)。1985年(昭和60)貫通。88年海峡線が開業。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青函トンネル
せいかんとんねる

本州と北海道を結ぶ海底鉄道トンネル。青森県東津軽(ひがしつがる)郡今別(いまべつ)町浜名と北海道上磯(かみいそ)郡知内(しりうち)町湯ノ里の間に設けられている。総延長は5万3850メートルで、このうち2万3300メートルが海底部にある。海底トンネルとしては、世界一の長さと深さ(海面下240メートル)をもつ。1988年(昭和63)3月に開通した。北海道旅客鉄道(JR北海道)が所有する。
 青森と函館(はこだて)の間は、かつては日本国有鉄道(国鉄)の青函連絡船で結ばれていたが、気象条件により欠航や遅延がたびたび発生したほか、1954年9月26日には台風接近下で出航した洞爺丸(とうやまる)ほか、計5隻が沈没する悲劇も発生した(洞爺丸台風)。これらを契機として本州と北海道をトンネルで結ぶ構想が具体化して、1964年にトンネル工事が開始された。トンネルは約20年の歳月と6900億円あまりの工費を費やして1983年に先進導杭が、1985年に本坑が貫通した。
 1988年のトンネル開通と同時に中小国(なかおぐに)(青森県)―木古内(きこない)(北海道)間に海峡線が開業し、北海道と本州を結ぶ重要ルートの一部となった。2016年(平成28)3月の北海道新幹線の開業に伴い、トンネルは海峡線と北海道新幹線が共用するようになり、狭軌の在来線と標準軌の新幹線が通行できるように3線軌条となっている。[青木 亮]

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世界大百科事典内の青函トンネルの言及

【水底トンネル】より

…したがって,工事中の湧水を防ぐことがもっともたいせつで,地質が軟弱な場合にはとくに留意することが必要となる。水底トンネルは青函トンネルのような海底トンネルを除けば,大多数は河口近くの大都市に作られ,地質も軟弱な場所が多い。
[施工方法]
 水底トンネルの施工法には山岳トンネルを掘削するのと同様な普通工法と,開削埋戻し工法,空気ケーソン工法,圧気シールド工法,沈埋工法などの軟弱地盤にも適する特殊な工法とがある。…

【北海道】より

…道内空路は札幌(千歳,丘珠(おかだま))と函館,釧路,中標津(なかしべつ),稚内(わっかない)などが結ばれる。 第2次大戦後の開発で特に注目されたものに苫小牧工業港の造成と青函トンネルの建設があった。1963年に開港した苫小牧港は日本最初の掘込み式港湾で,京浜地方などと北海道中核部とを結ぶ近道をつくり,新工業地帯の形成により北海道の工業化を促進しようとするもので,70年代にはさらに新コンビナート形成を目指す苫小牧東部大規模開発事業も着手された。…

※「青函トンネル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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