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韃靼 ダッタン

6件 の用語解説(韃靼の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

だったん【××靼】

モンゴル系部族の一。8世紀ころから東モンゴリアに現れ、のちモンゴル帝国に併合された。ではモンゴルを黒韃靼、トルコ系部族オングートを白韃靼と称し、では滅亡後北方に逃れたの遺民を韃靼と称した。タタール

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百科事典マイペディアの解説

韃靼【だったん】

タタールの音訳。中国文献には唐末から見え,達旦,韃韃,達達,達打などとも書く。初めはモンゴル高原のタタール部をさしたが,のち漠北の遊牧民族の総称となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

だったん【韃靼 Dá dá】

本来はモンゴリア東部に居住したモンゴル系の遊牧部族タタールを指した中国側の呼称。タタール部は11~12世紀においてモンゴリアでは最も有力な集団の一つであり,またモンゴル族の中でも多数を占めていたという。このため宋人はタタール部を韃靼と呼んだが,それは拡大してモンゴリア全体を指す呼称としても用いられた。12世紀末~13世紀初め,モンゴル部にチンギス・ハーンが出現し,モンゴル帝国が出現するに及んでタタール部の力は衰えた。

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大辞林 第三版の解説

だったん【韃靼】

八世紀にモンゴル高原にあらわれたモンゴル系の一部族。のちモンゴル族の総称となり、明代では北方に逃れたモンゴル帝国の子孫を呼んだ。タタール。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

韃靼
だったん

タタール」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

韃靼
だったん

元来、東モンゴル高原に遊牧したモンゴル系の一部族。タタールの音訳。8世紀中ごろの突厥(とっけつ)碑文に「三十姓タタール」として表れるのが最初で、主として内モンゴルのフルンボイル地方にいたが、のち陰山地方に勢力を伸ばし、契丹(きったん)の支配下に入った。金代に、韃靼に服属していたモンゴルがしだいに台頭し、ついにチンギス・ハンに征服された。宋(そう)代では、その北辺、陰山方面のトルコ系部族オングートを白韃靼、その北方、モンゴル高原のモンゴルを黒韃靼と称した。明(みん)代では、北方に逃れた元朝の子孫を韃靼とよんだが、彼らは北元(ほくげん)と自称した。北元は、一時西北モンゴルのオイラート(瓦剌(わら))に圧迫されたが、ダヤン・ハンが16世紀初頭に内モンゴルを平定し、その子孫がモンゴル高原全土に発展した。
 なお、ヨーロッパ人は、13世紀のモンゴル西征軍の残虐さから、モンゴル軍を地獄タルタルスからきたものとみなすとともに、モンゴル軍のなかにタタール(韃靼)がいたため、モンゴルおよびその支配下のトルコ系諸族をタルタル、タタールとよんだ。これを受けて、モンゴル的要素がまったく消滅した今日でも、ロシアでは、北方トルコ系住民を行政上タタールと称している。ソ連時代は、タタール自治ソビエト社会主義共和国であったが、ソ連崩壊後の1992年ロシア連邦内の共和国(タタールスタン共和国)となった。[護 雅夫]

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世界大百科事典内の韃靼の言及

【タタール】より

…その名は8世紀前半に建てられた突厥(とつくつ)碑文に初めて現れ,九姓タタール,三十姓タタール(トクズ・オグス)と称されている。また唐代の文献にもウイグルの支配下にあった韃靼(だつたん)の名が見えている。840年ウイグルが滅亡すると,モンゴリアには統一政権は生まれず,タタール部をはじめとする大小の遊牧集団が勢力争いを繰り返した。…

【モンゴル族】より

…遼の滅亡後,モンゴリアには,モンゴル系の部族としてタタール,ケレイト,フンギラト,メルキト,ウリヤンハイ,オイラート,モンゴル等の名が見られる。このうちタタール(韃靼)の勢力が強かったことから,中国ではモンゴリアのことを韃靼(だつたん)と呼ぶようになった。12世紀後半,モンゴル部にチンギス・ハーンが出て,モンゴル系諸部族を統一,さらにモンゴリア全体を統一し,モンゴリアにおけるモンゴル部の支配が確立するにおよんで,これら諸部族はモンゴルと総称されるようになった。…

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