音楽上,音の高さを呼ぶための名で,音組織内の各音には一定の振動数が定められており,それぞれ固有の名で呼ばれている。
現在,西洋音楽に用いられている音名は,ほとんどが11世紀にグィード・ダレッツォが体系づけたものを基礎としており,アルファベットによって音高を表し,オクターブごとにこの名が繰り返される。オクターブの違いを表す方法にはいろいろあるが,ヘルムホルツの考案(1865)によるものがいちばん多く使われている。日本の洋楽でもこれにならって明治以来〈イ・ロ・ハ〉を音名にあてている。音名は,一定の振動数の音すなわち絶対音高を表すのに対し,やはりグィード・ダレッツォによって案出された階名〈ド・レ・ミ〉は,もともと音階中の各音を主音との関係において呼ぶときの相対的音高を表す名称である。しかしフランスおよびイタリアではC(ハ)を主音(ユトutあるいはドdo)に固定させた階名を〈音名〉として用いている。これらの音は〈幹音〉と呼ばれ,そのほかの音は〈派生音〉といってこれらの音を半音高め,あるいは低めたものとして表される(表1)。幹音を二重に高め,あるいは低めた音の呼び方は表2のとおりである。なおドイツ音名では半音高めるときは幹音の文字に-isを,二重に高めるときは-isisをつけ,半音低めるときは-es,二重に低めるときは-esesをつけて表すのが原則であるが,低めるときには例外がある(H→B,E→Es,A→As)。なお〈重変イ〉はアザスAsas,〈重変ロ〉はヘゼスHesesまたはベベBebeと呼ばれる。
音名は絶対音高を表すものではあるが,音律や標準音が異なれば同じ音名の音でも振動数が違ってくる。現在標準音はイ=440が一般に用いられている。読譜の練習のために旋律中の各音を音名で読んで歌う方法を〈音名唱法〉という。ドイツ音名で読むものはとくにアー・ベー・ツェー・ディーレンA-B-C-dierenといわれて広く行われている。フランス,イタリアのように階名を固定させて音名とした読み方は〈固定ド唱法〉ともいわれるが,これも音名唱法の一種と考えることができる。なお日本音名による音名唱法が行われたこともあるが,現在はあまり用いられない。
執筆者:渡 鏡子
楽音をもっぱら音高の側面からとらえて,これを一定の振動数をもつものと規定し,各音に固有の名称をつけるという慣習はすぐれて西洋的なものである。アジアやアフリカなど非欧米諸文化では,音楽に用いられる音を単に高低のみならず,音色や音質そして音量をも含む概念で弁別した名前で呼んだり(例,清音・濁音,男の声・女の声),個々の音高にではなく,一連の節回し(旋律型)に名称をつけることが多い。しかし他方では,音程比に基づき理論的な音律の体系を組み立てて,個々の音律に名称を与えた例は古来アジアの高文化にいくつか見られる。
中国では古く周代から1オクターブ中に12の音律が認められており,それぞれに律名が与えられている(十二律)。この律名は朝鮮半島でも採用され,日本にも伝来した。
インドでは20世紀の音楽の実際において12律になっており,それぞれの音名は北インドと南インドでは異なっている。しかし古代・中世のインド音楽理論では1オクターブが22律(シュルティ)と規定されており,《サンギータ・ラトナーカラ》によればそれぞれにシュルティ名が付けられていた(インド音楽)。
中世のイスラム世界ではアラビア文字のアルファベット(古形アブジャドAbjad)が理論的な記譜に用いられていたが,これが音名として音楽の実際に用いられたか否かは定かでない。近世オスマン・トルコの音楽理論では,大全音を9コンマに分割することを想定したきわめて精緻な音組織を作り上げた。ここでは2オクターブ中に数えられる49の音律にそれぞれ固有の名称が与えられている。
インドネシアの中部ジャワのガムラン音楽にはスレンドロとペロッグの2種の音階(ララス)があり,バリ島のガムラン音楽にも基本的にスレンドロとペロッグの2種の音階が区別されるが,それぞれの音階音の名称はジャワとバリ島では異なる。ここでは音名というよりもむしろ階名的な性格が強い。
→インドネシア[音楽]
執筆者:柘植 元一
中国や,隣接する漢字文化圏の日本や朝鮮では,音の高さを表す呼称は,楽律の名称がそのまま用いられた。中国では,楽律理論が観念的には三百六十律まで発展したが,普遍的に実用されたのは,1オクターブ内の十二律までであった。その十二律の律名は,日本ではそのまま用いられず,日本独自の律名を生じた。なお,中国では,標準音の絶対音高が時代によって異なるので,律名をそのまま絶対的な音名ということはできない。日本では,鎌倉時代の初期までには,日本独自の十二律名が考えられ,これを〈十二調子〉ともいった。この十二調子は,標準音の絶対音高が固定していたので,これを音名と考えることもできる。ただし,その読み方については多少の異同もあり,また序列も,とくに下無(しもむ)と双調(そうぢょう)とが逆であったこともある。なお,箏曲や三味線音楽では,絶対音高を定める場合には,律管または図竹(ずだけ),四穴(しけつ)などの調子笛を用い,その各管の名称として,十二調子以外に一本・二本などの序数的呼称があったので,三味線の調弦における音高上の基準の名称として,その一本・二本などの呼称を用いることが一般的となった。現在では,その種目の規定する特定弦の開放弦の高さとして用いられるので,この一本・二本などという呼称も,音名に準ずるものと認められる。なお,笛や尺八の孔名,あるいは箏の弦名を,音名に代用して記譜したり,一種の音名唱法に用いることもある。
→十二律
執筆者:平野 健次
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
音組織中の各音を音高から決定した固有名。階名が音階のなかでの相対的音高を表すのに対し、音名は振動数による絶対的音高を表す。
中国、日本には漢字音名である十二律が伝わる。これは三分(さんぶん)損益法により周代末より求められ、16世紀明(みん)代に名称が確定した。基音の音高は各時代によって異なるが、現在では黄鐘(こうしょう)がD音にあたるとされている。わが国には735年(天平7)吉備真備(きびのまきび)が『楽書要録』を持ち帰って伝えたといわれるが、その後平安後期に新たに日本式名称が定められ、現在の形に整えられた。日本では中国の黄鐘を壱越(いちこつ)と称している。そのほか、地歌や義太夫(ぎだゆう)など三味線音楽では一本、二本……とよぶ調子笛の番号が、尺八音楽では(一尺八寸管の場合)指孔譜のロツレ……が、それぞれ十二律にも該当する。これらは流派内の名称ではあるが、絶対音高を表し、音名に準ずるといえよう。
西洋音楽の音名は2大別される。イギリス、ドイツでは幹音にアルファベットをあてはめて表す。これはギリシアの2オクターブにわたる音名、ABCDEFG・HIKLMNOPに由来し、10世紀ごろからオド・ド・クリュニーOdo de Cluny(879?―942)によってCを初音とされた(オドの音名)。その後、中世最大の理論家グイード・ダレッツォGuido d'Arezzo(992ころ―1050?)がオクターブごとに文字を繰り返す現在の表記をほぼ完成した(グイードの音名)。また彼はヘクサコードの階名、ut、re、mi、fa、sol、laも制定し、これに第7音siを加えたものが現在イタリア、フランスの音名となっている。
日本では明治以後イギリス式音名を手本に、いろは文字による音名が考案された。これはハ長調、イ短調などという調名の表記に役だっているが、音名唱法ではイタリア、ドイツの音名をそのまま使う。これら西洋式音名(とくにアメリカ科学式)はその合理性から、楽譜を伴わない民族音楽の音高表示にもしばしば用いられる。
[橋本曜子]
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