内科学 第10版 「食道隆起性病変」の解説
食道隆起性病変(食道良性腫瘍)(食道疾患)
食道内腔に向けて発育する(良性)腫瘍を主体とする病変を指す.
分類
食道上皮に由来する良性腫瘍としては乳頭腫,腺腫,囊腫が代表的なものであり,一方,間質系組織に由来する非上皮性腫瘍には平滑筋腫,顆粒細胞腫,線維腫,血管腫,脂肪腫,リンパ管腫などがある(図8-3-11).
原因
乳頭腫は,食道裂孔ヘルニアや食道炎の合併頻度が高いことから,慢性刺激や食道炎が病態に関与することが想定されている.また,ウイルス感染(ヒト乳頭腫ウイルス:human papilloma virus)が原因であるとの説もある.
腺腫は食道固有腺や異所性胃粘膜から発生するが,報告例は非常に少ない.
囊腫は,ほとんどが先天性のものであり,胎生期消化管より発生する憩室様突起物の遺残によるとする説・肺芽組織の食道壁内迷入によるとする説・食道形成期の癒合不全によるとする説などがある.一方,後天性では食道腺の閉塞に起因するとの説がある.
平滑筋腫は粘膜筋板,内輪筋層,外縦筋層を発生母地とするが,特に内輪筋層から発生する壁内発育型が最も多い.GISTとの鑑別が問題になるが食道GISTはきわめてまれである.
顆粒細胞腫は,神経原性(Schwann細胞由来)であるという説が有力である.
疫学
食道の良性腫瘍は比較的まれであり,全食道腫瘍の約1%を占める.平滑筋腫が最も頻度で約60〜80%を占め,腺腫やリンパ管腫はきわめてまれである.30〜50歳代に発見される頻度が高く,男女比は2:1である.
病理
乳頭腫は,parakeratosis,hyperkeratosisの像を呈し,食道粘膜が乳頭状に増殖する組織像を示す.乳頭上皮の表層への延長・上皮の過形成性の肥厚・血管の増生を伴い,下部食道に好発する.
囊腫は,粘膜・粘膜下組織・筋層よりなる壁を有し,内部に透明な液体を貯留する像を呈する.一般に食道筋層内に存在し,中下部食道の右側に好発する.
平滑筋腫は,粘膜筋板・固有筋層を発生母地とし,発育形態により腔内・壁内・壁外発育型に分類される.内輪筋層に由来する壁内発育型が最も多く,下部食道に好発する.紡錘形の平滑筋細胞が規則的に束状をなして錯綜する組織像を呈し,核の異形,分裂像は認めない.
顆粒細胞種は,豊富な好酸性顆粒状胞体を有する円形または多角形の大型細胞が胞巣状,リボン状に増殖する組織像を呈し,免疫染色でS-100蛋白,NSE陽性である.下部食道に多発する.
線維腫は粘膜下結合織の増殖像を呈し,線維脂肪腫・線維筋腫・粘液線維腫などがある.結合織より発生するものはきわめてまれで,平滑筋腫の線維化の強いもので線維腫と診断することが多い.上部食道に好発する.
血管腫は,海綿状血管腫の頻度が多い.中下部食道に好発する.
脂肪腫は,粘膜下脂肪組織が増殖する像を呈し,頸部輪状軟骨付近に好発する. リンパ管腫は,内皮に覆われた管腔構造の集合から構成される組織像を呈し,海綿状リンパ管腫の頻度が高い.
臨床症状
無症状の場合がほとんどで,検診でのX線造影検査・内視鏡検査により偶然発見されることが通常である.腫瘍の長径が5 cmをこえる場合は,嚥下困難・胸骨後部痛・悪心・嘔吐など,通過障害に伴う症状を呈する場合が多い.その他,囊腫では感染の併発に伴い発熱・疼痛を認めることがあり,また有茎性の大きな脂肪腫の場合は口腔に脱出し窒息をきたしたり,胃内に逸脱・嵌頓し愁訴の原因となる場合がある.食道の血管腫に関して,小さいサイズの症例では出血の合併頻度は低い.
診断
食道X線造影検査・内視鏡検査により診断する.病変の主座が粘膜下層以深に存在し,粘膜下腫瘍の形態を呈する囊腫や非上皮性腫瘍は食道X線造影で表面平滑な陰影欠損,内視鏡では表面平滑な隆起像として観察され,ヨード染色により腫瘍表面は正常粘膜と同様に染色される.その他上皮性腫瘍は,X線検査では境界鮮明・辺縁平滑な陰影欠損を呈し,内視鏡では顆粒状・粗造化・分葉化などの表面の性状が観察される.ヨード染色では不染あるいは濃染を示す.囊腫や非上皮性腫瘍では,造影CT検査・超音波内視鏡検査(endoscopic ultrasonography:EUS)による腫瘍の質的診断や局在部位の確認が重要である.
上皮性腫瘍の場合,生検による確定診断が可能であるが,粘膜下腫瘍の形態を呈する病変では組織の採取が困難であり,ボーリング生検や超音波内視鏡下針生検(EUS-FNA)など粘膜下に存在する腫瘍組織を採取するための生検方法の工夫が必要となる.
乳頭腫は,白色調の乳頭状小隆起を呈するものが多く,平滑隆起・分葉状・両者の混合の形態を呈する(図8-3-12).表面は顆粒状でヨード染色にて不染または淡染像を呈する.他部位に悪性腫瘍(ほとんどが胃癌)を合併することがあり検索が必要である. 囊腫は,白色調・半球状の隆起で,超音波内視鏡検査では粘膜下層に無エコー像として描出されることが多い. 平滑筋腫は,超音波内視鏡検査では低エコー像を呈し,内部に石灰化を示す点状高エコーを認めることが多い.内視鏡検査時に鉗子で押すことにより粘膜筋板由来の腫瘍は容易に可動するが,筋層由来のものは可動性に乏しく鑑別に有用である.
顆粒細胞腫は硬く,黄白色調,大臼歯様の表面凹凸をみる特徴的な形態を有する隆起であることが多い(図8-3-13).腫瘍組織は上皮直下に存在し,生検にて容易に診断可能である.通常,良性腫瘍として扱われるが,大きいものではリンパ節転移を伴うものがある.
血管腫は,やわらかく不整型で暗赤色調,腫瘍表面はわずかに凹凸を呈する(図8-3-14).
脂肪腫はやわらかく黄色調で,超音波内視鏡検査では高エコー像を呈する(図8-3-15).
リンパ管腫は,やわらかく青白または淡黄色調,粘膜を通して小囊腫様所見が観察される.超音波内視鏡検査では低エコーから無エコーであり,いくつかのスペースで区画された囊胞性腫瘤像を呈する.
鑑別診断
鑑別を要する病変として食道癌,肉腫,食道静脈瘤がある.壁外発育型の場合は縦隔腫瘍,動脈瘤,リンパ節腫脹などが鑑別の対象となる.粘膜下腫瘍の形態をきたすものは肉腫との鑑別がしばしば困難であるが,増大傾向が認められるもの,出血や潰瘍形成を伴うものでは悪性の可能性が高い.
経過・治療
経過は良好で増大することは少ないが,定期的な経過観察が必要である.閉塞症状を有するもの,悪性を否定できないものは治療の対象である.腫瘍の大きさと形態より可能であれば内視鏡治療(ポリペクトミー・粘膜切除術)を選択する.有茎性のものや上皮性腫瘍は内視鏡的治療のよい適応である.平滑筋腫では粘膜筋板由来のものは内視鏡治療が可能であるが,筋層由来のものは外科的治療(腫瘍核出術・食道切除術)が必要である.[出口久暢・一瀬雅夫]
■文献
Odze R, Antonioli D, et al : Esophageal squamous papillomas. A clinicopathologic study of 38 lesions and analysis for human papilloma virus by the polymerase chain reaction. Am J Surg Pathol, 17: 803-812, 1993.
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高安博之,三輪 剛:食道良性腫瘍. ベッドサイド消化器病学(丹羽寛文,中澤三郎,他総編集), pp430-432, 南江堂, 東京, 1996.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報