コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

飯塚浩二 いいづかこうじ

3件 の用語解説(飯塚浩二の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

飯塚浩二
いいづかこうじ

[生]1906.4.3. 東京
[没]1970.12.4. 東京
地理学者。 1930年東京大学経済学部卒業後,同学部助手を経て,32年から2年間パリ大学に留学し,ドゥマンジョン,ド・マルトンヌに師事した。留学前『社会地理学の動向』を発表してビダール・ド・ラ・ブラーシュの地理学にすでに深い理解を示していた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飯塚浩二 いいづか-こうじ

1906-1970 昭和時代の人文地理学者。
明治39年4月3日生まれ。飯塚啓(あきら)の子。パリ大に留学,ブラーシュにまなぶ。立大教授をへて,昭和18年母校東京帝大の東洋文化研究所教授,33年所長となる。経済史的・文明史的な研究方法を導入し,従来の地理学を批判。比較文化論の視座から日本や東洋を考察した。昭和45年12月4日死去。64歳。東京出身。著作に「日本の軍隊」「アジアのなかの日本」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飯塚浩二
いいづかこうじ
(1906―1970)

人文地理学者。東京生まれ。動物学者飯塚啓(あきら)の子。1930年(昭和5)東京帝国大学経済学部を卒業。1932年給費留学生としてフランスのソルボンヌ大学に留学、ブラーシュに率いられたフランス人文地理学派の流れをくんだ。帰国後、立教大学教授を経て、1943年以後東京帝国大学東洋文化研究所教授となる。また、1958~1960年、1964~1965年の2回にわたり同所長を務める。1967年東京大学名誉教授、札幌大学教授となった。多くの著述があり、地理学界のみならず、広く社会に鋭い批判を加えた。主著に『社会地理学の動向』(1932)、『地理学批判』(1946)、『比較文化論』(1948)、『世界史における東洋社会』(1948)、『日本の精神的風土』(1952)、翻訳にブラーシュ著『人文地理学原理』(1940)、フェーブル著『大地と人類の進化』上(1941)などがある。[木内信藏]
『『飯塚浩二著作集』全10巻(1974~1976・平凡社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

飯塚浩二の関連キーワード人文地理学会青野寿郎木内信蔵水津一朗西川治藤岡謙二郎《人文地理学》《人文地理学の基礎》《人文地理学の諸問題》《人文地理学の目的》

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone