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馬占山 ばせんざん Ma Zhan-shan

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

馬占山
ばせんざん
Ma Zhan-shan

[生]光緒11(1885).吉林,懐徳
[没]1950.11.29. 北京
中国の軍人。馬賊の出身で,光緒 31 (1905) 年清国軍に入り,辛亥革命後は黒竜江省で騎兵団長などをつとめた。満州事変の起った 1931年,南京政府から黒竜江省主席代理に任命され,日本軍と戦った。

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デジタル大辞泉の解説

ば‐せんざん【馬占山】

[1885~1950]中国の軍人。吉林省の人。字(あざな)は秀芳。馬賊出身。満州事変後、日本と妥協し満州国初代軍政部総長となったが、脱出し反満抗日戦を指導、敗れてソ連領に脱出。1933年上海に帰り国民政府軍事委員会委員。包頭(パオトウ)方面で日本軍と対戦し、抗日戦の英雄となった。1949年、解放軍に参加。マー=チャンシャン

マー‐チャンシャン【馬占山】

ばせんざん(馬占山)

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百科事典マイペディアの解説

馬占山【ばせんざん】

中国の軍人。吉林省の馬賊出身。東北軍閥の一人として活躍。満州事変で日本軍に敗れ,いったん満州国に帰服。脱出して反満抗日軍を組織したが,敗れてソ連へ逃亡,上海を経て綏遠(すいえん)に入り,抗日戦に従軍した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

馬占山 ば-せんざん

1885-1950 中国の軍人。
光緒11年10月24日生まれ。馬賊から東北軍閥の軍人となる。1931年の満州事変後,日本と妥協して満州国初代軍政部総長となったが,黒河に脱出し抗日戦を指導。のち黒竜江省主席となり,日本軍と対戦し抗日戦の英雄とたたえられた。1950年11月29日北京で病死。66歳。吉林省出身。字(あざな)は秀芳。中国読みはマー-チャンシャン。

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世界大百科事典 第2版の解説

ばせんざん【馬占山 Mǎ Zhàn shān】

1885‐1950
中国の軍人。吉林省懐徳県の生れ。字は秀芳。貧家に育ち馬賊となるが,官軍に改編されて1930年には黒竜江省黒河警備司令となった。翌年の満州事変に際し,同省代理主席となって抗日に努め,〈馬占山牌〉のタバコが売りだされるなど,抗日英雄として世論の喝采を博した。一度は日本に投降したが,誤りに気づいてまた東北救国抗日連合軍を組織して活躍した。解放戦争では北京の平和開城に功があり,のち北京で病没した。【狭間 直樹】

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大辞林 第三版の解説

ばせんざん【馬占山】

1885~1950) 中国の軍人。満州事変後、日本軍と妥協、満州国軍政部総長となる。のち反満抗日軍を組織したが敗れ、ソ連に脱出。1933年帰国し日本軍と対戦。解放軍に参加。マー=チャンシャン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

馬占山
ばせんざん / マーチャンシャン
(1885―1950)

中華民国の軍人。字(あざな)は秀芳。河北省豊潤(唐山)の人。馬賊出身。のち東北軍閥の軍人となった。1931年の満州事変後、国民政府から黒竜江省主席代理に任命されたが、1931年チチハルで日本軍に敗れ、1932年日本と妥協し、「満州国」初代軍政部総長となった。1932年黒河に脱出、反満抗日戦を指導、同年夏、負けて当時のソ連領に脱出した。そのころ、日本では彼の戦死説が流布され、荒木貞夫(あらきさだお)陸相がこれを上奏したというので政治問題化した。1933年上海(シャンハイ)に帰って国民政府軍事委員会委員、1939年東北挺進軍(ていしんぐん)総司令、1941年黒竜江省主席となり、綏遠(すいえん)省包頭(パオトウ)方面で日本軍と対戦し抗日戦の英雄とたたえられた。1948年東北騎兵総司令に任命されていたが、北京(ペキン)陥落後の1949年には解放軍に参加し、北京で病死した。[山下龍三]

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