中国、東北(満州)に清(しん)朝末期から存在した騎馬の武装集団。馬賊という語自体は日本人がつけた名前のようで、中国人は紅鬍子(こうこし)(赤ひげ)などとよんだ。満州は元来、満州人の居住地であったが、清朝を建てると彼らの大部分は満州を去って南に移住した。そのあと、いわば「から」になった満州へは中国人(漢族)の流入を禁止した(封禁(ふうきん)政策)。ところが19世紀中ごろ、清朝の権威が衰え、また、北方からロシア勢力が及んできた。そこで、従来の封禁政策は廃止され、短い間に大量の中国人が満州に移住してきた。このような事情から、当時の満州は中国人にとっても新しい開拓地であった。
開拓地の常として、満州では官憲の支配がまだ十分に行き届かなかったため、移住民たちは、ときに無頼の盗賊の襲撃に悩まねばならなかった。官憲の保護は期待できなかったから、彼らはやむなく自衛のための武装組織をつくった。
南船北馬といわれるように、中国の北方では馬が主要な運輸交通手段であった。満州でも事情は同じで、前述の武装自衛組織も騎馬部隊であった。馬賊という名称もここに由来する。また、中国には古来、各種の秘密結社があった。馬賊という組織も、その伝統を受け継いでいた。彼らは一種の秘密結社をつくり、内部では独自の作法や習慣をもち、厳格な統制の下に行動した。
馬賊という名前から、彼らを単に騎馬の盗賊団とみなすべきではない。住民を保護するというその性格から、彼らは日本の侠客(きょうかく)仁義と相通じるような、独特の仁侠(にんきょう)的な性格も有していた。ときに盗賊団と変わらない行為をすることもあったが、しかし、少なくともその縄張りのなかでは住民を保護した。
日露戦争では日本側もロシア側も馬賊を利用した。このとき日本側が利用した馬賊の頭領に張作霖(ちょうさくりん)がいる。彼は日本の後ろ盾を得たこともあって急速に力をつけ、のちに満州を支配するだけでなく、北京(ペキン)にまで進出する大軍閥になった。
だいたい、日露戦争からしばらくの間が、馬賊が活躍した黄金時代であった。彼らは歩兵銃を1挺(ちょう)背負い、拳銃(けんじゅう)の1、2挺をぶら下げて、100騎、200騎と群れをなして、原野を疾駆した。その精悍(せいかん)なイメージは魅力的であるが、実際の馬賊の生活は過酷であった。
彼らは春とともに出動する。繁茂するコウリャン畑は彼らの絶好の隠れ家であった。彼らはコウリャン畑に身を潜めつつ大挙して行動し、ときにかなり大きな都市を攻撃、官兵を破って略奪をほしいままにした。コウリャンの茂る時期が過ぎると活動をやめて、それぞれ郷里に帰り、武器は土の中に埋めて普通の農民の生活に戻った。
その間、彼らはいったん春に出動すると、秋に帰るまで、山野を駆け巡って野獣のような生活をした。肌は荒れほうだい、衣服は破れほうだい、しかも、神出鬼没の奇襲戦が彼らの得意の戦法であったから、つらい長距離の行軍とすさまじい戦闘の明け暮れで、超人的な体力と耐久力が必要であった。かりにも近代国家の文明生活に慣れた日本人がこういう連中に伍(ご)してゆくのは相当に困難であった。「ぼくも行くから君も行け、狭い日本にゃ住みあいた……」の歌詞で知られる『馬賊の唄(うた)』のように、明治末期から昭和にかけて、多くの日本人青少年が馬賊にあこがれ、また、実際に馬賊の群れに身を投じたが、そのほとんどはついてゆけず脱落した。
日本側は、日露戦争のとき以来、特務機関員を馬賊の頭目に仕立て上げるなど、その満蒙(まんもう)政策の過程でしばしば馬賊を利用したが、のちに「満州国」ができると、馬賊はもう不用として徹底的に討伐した。
[倉橋正直]
『渡辺龍策著『馬賊』(中公新書)』
中国,東北地方の騎馬武装集団。紅鬍子(赤ひげ)などともよばれる。張作霖(ちようさくりん)はその代表的人物の一人。清朝末期に禁制の地であった満州に流れこんだ漢族をはじめとする一般民移民が官憲や地主から生活を防衛するために武装して集団自衛したのに始まる,とされる。義によって結ばれた仁俠集団とされ(もちろん盗賊,土匪,匪賊もふくまれるが),7人を単位として大きいものは数百にものぼり,あるいは根拠地をかまえ,あるいは平時にはふつうに生業に従事した。日本は日露戦争で親日馬賊としての満州義軍を利用したが,その後も,特務機関員を馬賊の頭目にしたてあげるなど,大陸侵略の正面舞台となった満蒙の地においていろいろな方法で彼らを利用した。〈ぼくも行くからきみも行け,狭い日本にゃ住みあいた……〉の歌詞で知られる《馬賊の唄》は,日本の青少年の大陸雄飛の夢を侵略的アジア主義の精神でこねあげたものにほかならないが,その活躍の場としては反官の仁俠集団ほど適切なものはなかった。のち,〈満州国〉ができると,日本は反官の集団を不用として徹底的に討伐した。
執筆者:狭間 直樹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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