日本大百科全書(ニッポニカ) 「馬鹿聟」の意味・わかりやすい解説
馬鹿聟
ばかむこ
昔話。愚かな聟の失敗を主題にした一群の笑い話。笑いの趣向により、独立した類型を形成しているが、一連の「一つ覚え」の話がよく知られている。馬鹿聟が、妻の実家に家ほめに行く。妻は、節穴があったら縁起が悪いからお札(ふだ)を張るとよいといえと教える。そのとおりにして褒められる。後日、牛ほめに行く。牛の尻(しり)を見て、穴にお札を張るといいといって笑われる。「馬鹿聟」は愚人譚(たん)の一つで、主人公は聟にしなくても成り立つ。噺本(はなしぼん)『初音草噺大鑑(はつねぐさはなしおおかがみ)』(1698)や落語の「池田の牛ほめ」(東京では「牛ほめ」)ではただの愚かな男であるが、古い噺本『醒睡笑(せいすいしょう)』(1623)では、やはり聟である。能狂言でも、聟を笑いものにする話は多い。この種の「馬鹿聟」型の類話は、朝鮮や中国にもいろいろみられ、インドではサンスクリット文学の『カター・サリット・サーガラ』にあり、漢訳経典『百喩経(ひゃくゆきょう)』にもみえる。入れ知恵をするのは妻で、しくじる場所も妻の実家であることが多い。「馬鹿聟」は「和尚(おしょう)と小僧」と同じく、「笑い話」の登場人物の基本形式の一つであった。
東アジアのこれらの地域には並行して「馬鹿嫁」もみられる。聟や嫁は、親しい家族のなかの新しい異端者として、日常生活の習慣にもなじまず、違和感が強い。そうした現実が誇張されて、笑いの素材になり、聞き手の共感をよんだのであろう。「一つ覚え」は単純な趣向であるが、西アジアからヨーロッパにも広くみられる。笑い話がいかに伝統の力に束縛されているかがわかる。
[小島瓔]