日本歴史地名大系 「高安城跡」の解説
高安城跡
たかやすのきあと
「日本書紀」天智天皇六年(六六七)一一月条に初見。古代の
「日本書紀」には「是の月に、倭国の高安城、讃吉国の山田郡の理高安城
、天智天皇五年築城也」とある。白村江の戦で唐と戦って敗れたわが国は、その後、唐に侵攻されるかもしれないという脅威を感ずることとなった。こうした状況のもとに築造されたと考えられ、城近くには高安烽も置かれた。
高安城跡
たかやすのきあと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報