高安城(読み)たかやすじょう

百科事典マイペディア「高安城」の解説

高安城【たかやすじょう】

大和と河内(かわち)のをなす生駒(いこま)山地の南端にある高安山(488m)に築かれた古代山城。城域は現奈良県平群(へぐり)町・三郷(さんごう)町と大阪府八尾市にまたがると推定されている。白村江(はくそんこう)の戦で敗れた後,西日本に造られた城の一つで,《日本書紀天智天皇6年(667年)11月条に讃岐屋島(やしま)城対馬(つしま)の金田(かなた)城とともに築城したとある。ただし《続日本紀》文武天皇2年(698年)の高安城修理記事中には666年の築城とあって1年のずれがある。701年廃城が決定され,712年には近くに設置されていた高安烽も廃止された。この間,672年の壬申(じんしん)の乱の際には,近江朝廷軍が守備する高安城を大海人(おおあま)皇子軍が攻め,近江軍は税倉を焼いて逃げている。何度か修理されたことが上記の両書にみえ,持統天皇が行幸(ぎょうこう)することもあった。なお廃城後の712年8月に元明天皇が行幸しており,この記事をどうみるか諸説がある。廃城後長く城の所在地は不明であったが,1978年平群町の山中で倉庫跡礎石6棟分が発見され,1982年−1983年の発掘調査により高安城の倉庫跡であることが確認された。
→関連項目丹比道

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日本大百科全書(ニッポニカ)「高安城」の解説

高安城
たかやすじょう

大阪府八尾(やお)市と奈良県生駒(いこま)郡平群(へぐり)町の境にある高安山(標高488メートル)に擬定されている古代の山城(やまじろ)。当城は、663年(天智天皇2)の百済(くだら)救援の役(白村江(はくそんこう)の戦い)での敗戦後、北九州から瀬戸内海沿岸に築かれた山城とともに大和(やまと)防衛の目的をもって、667年に築造された。『日本書紀』によれば、701年(大宝1)に廃止されるまでの間、4回の天皇行幸があり、畿内(きない)の田税や穀・が収納され、また壬申(じんしん)の(672)に際しては、吉野軍が高安城の近江(おうみ)軍を攻め、税倉が焼かれている。従来その遺構は不明であったが、1978年(昭和53)に高安山山頂付近から、6棟分に相当する礎石建物群が発見されたことによって、高安城の倉庫遺構ではないかとされているが、なお今後の調査に待つところが大きい。

[酒寄雅志]

『高安城を探る会編・刊『夢ふくらむ幻の高安城』第3集(1978)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「高安城」の解説

高安城
たかやすじょう

奈良県と大阪府にまたがる高安山 (488m) の山頂と山腹に天智天皇6 (667) 年につくられたとみられる古代の朝鮮式山城。天智天皇2 (663) 年白村江の戦いに敗れ,・新羅連合軍による侵略危機にさらされたため,讃岐国 (香川県) 山田郡の屋島城対馬国 (長崎県) の金田城などとともに築かれた。天智天皇8年畿内の田祖を高安城に収納し,さらに天智天皇9年には穀類と塩を収納して籠城に備えたものと思われる。

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精選版 日本国語大辞典「高安城」の解説

たかやす‐じょう ‥ジャウ【高安城】

唐・新羅軍侵攻にそなえるため、天智天皇六年(六六七)に築かれた山城の一つ。壬申の乱争奪の対象となる。大宝元年(七〇一)廃城。昭和五三年(一九七八)発掘され、大阪府八尾市高安山から奈良県生駒郡平群町久安寺・三郷町南畑一帯に位置することが明らかにされた。

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デジタル大辞泉「高安城」の解説

たかやす‐じょう〔‐ジヤウ〕【高安城】

大阪府八尾市と奈良県生駒郡平群(へぐり)町の境にある高安山にあった古代の山城。天智天皇6年(667)築城。昭和53年(1978)発掘調査が行われた。

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世界大百科事典 第2版「高安城」の解説

たかやすじょう【高安城】

生駒山脈の南端部,奈良県と大阪府にまたがる高安山(488m)山頂を中心に築かれた山城。白村江の戦で敗れた後,西日本各地に築かれた城の一つで,667年(天智6)に讃岐の屋島城,対馬の金田(かなだ)城とともに築かれた。672年(天武1)の壬申の乱で戦火にあったが,701年(大宝1)に廃城となるまで修理が加えられていた。また,712年(和銅5)まで烽(とぶひ)も置かれていた。早くから生駒山脈の西側断層面を防御正面にした高安山の山頂から東に続く信貴(しぎ)山を含む一帯が城跡に比定されていたが,高安山は南北朝時代の山城に,信貴山松永久秀居城となるなど後世改変が多いためか,具体的な古代の遺構が確認されないままであった。

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