俗称ハイテン。一般構造物の部材に用いられ,とくに引張強さ50kgf/mm2(≒490MPa)以上の高強度とある程度の延性とを有する強靱(きようじん)な鋼をいう。引張強さによって50キロ級,60キロ級,……のように分類される。この鋼は船舶外板,圧力容器,パイプラインなどに使用されるため,低温靱性,溶接性,耐食性に優れていることが要求される。開発のもとになった鋼は炭素量0.2%の炭素鋼で,この鋼に対する熱処理,あるいは合金元素の添加などによって性能の向上がはかられた。熱処理によってつくられるものを調質高張力鋼,熱間圧延のままで満足する性能をもつものを非調質高張力鋼と呼ぶ。このように,炭素鋼から発展した一群の高張力鋼を,低合金高張力鋼high strength low alloyed steelまたは頭文字をとってHSLA鋼と呼んでいる。一方,引張強さを200kgf/mm2も必要とするような用途,たとえば宇宙ロケットの胴体とかウラン濃縮用の遠心分離機のケースなどには析出硬化型ステンレス鋼やマルエージング鋼が使用される。
材料の高張力化にはいくつかの金属学的手段があるが,地の組織の合金元素濃度を高める固溶硬化,硬い析出相を分散させて強化する析出硬化,結晶粒の単位を小さくすることによる強化などが用いられている。オーステナイト系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼は,高張力鋼に要求される性能基準からみるときわめて優れた材料であるが,価格の面などから高張力鋼の用途にはほとんど使用されない。自動車用のプレス成形鋼板は従来の高張力鋼のもつ延性以上の伸びが必要である。そのために,高張力化の手段として,ケイ素やマンガンなどによる固溶硬化,微細なマルテンサイトを析出分散させる析出硬化などが利用されている。
最も伝統的な高張力鋼に属するもので,前述のように炭素を0.2%程度含む炭素鋼を土台として発展した鋼である。鋼のオーステナイト安定化のために添加される合金元素は鋼の焼入れ性をよくするが,溶接性を損なう。炭素,マンガン,ニッケルなどはその代表的な合金元素であるが,これらの元素の影響を炭素量に換算した炭素当量が溶接性を保障する鋼の成分量決定の指標とされている。合金元素としてはこのほかにケイ素,リン,ニオブ,バナジウム,チタン,ホウ素,銅などが選択されて用いられる。とくにニオブとバナジウムは非調質高張力鋼の合金元素の主役で,数百ppmの添加量で有効な作用を発揮する。これらの元素は鋼中の炭素と窒素と結合して炭窒化物を形成するので,高温でのオーステナイト結晶粒の成長が抑制される。この結晶粒が小さいということが,冷却して変態したときのフェライトとパーライトの組織を微細にする要因となる。さらにこれらの元素の役割は,オーステナイトからフェライトへ変態する開始温度(Ar3点)を下げ,また開始時間を遅らせることにある。そのためオーステナイトの状態の温度範囲を低温に広げることができる。合金元素が鋼の中へ拡散する場合,フェライト中のほうがオーステナイト中よりもはるかに容易なので,オーステナイトの状態で受ける加工ひずみは蓄えられ加工硬化を十分生じさせることができる。大きな加工硬化の状態から回復し再結晶が生ずると微細な結晶粒の組織にすることができるので,オーステナイト状態で圧延し適切な速度で冷却することにより,フェライト,パーライトなどの変態後の組織の微細化をはかることができる。ニオブやバナジウムの炭化物は析出硬化を生じさせる可能性をもっているが,実用的な条件では強化作用は微細化によるものである。析出による強化の場合は延性の損われ方がはなはだしいが,粒の微細化による場合は延性はあまり損なわれることがなく,破断にいたるまでの吸収エネルギーはかえって上昇する。Ar3点を低下させ熱間圧延温度を低くして行う圧延を低温圧延という。低温圧延とその後の冷却を加速して熱延材を製造する方法を制御圧延と呼んでいる。オーステナイトの微細化や,圧延における加工硬化性の向上のために,加熱・冷却スケジュールのより複雑な手法もくふうされており,この制御圧延が非調質高張力鋼の製造法の基本的な様式となっている。この方法で生産される高張力鋼は寒冷地に敷設されるパイプラインの材料として十分な低温靱性と溶接性を有している。
熱処理されたこの型の鋼は日本で著しく発達したもので,降伏点も高く,溶接性,加工性,靱性が優れているが,焼戻し温度以上での熱間加工はできない。70キロ級以上のものはほとんど調質されており,ケイ素,ニッケル,マンガンなどが添加されている。
液体窒素温度以下の極低温でも靱性を有する鋼。鋼の組織の主体であるフェライトは温度が低くなると,へき開面に沿ってほとんど塑性変形することなく破壊する低温脆性(ぜいせい)を有している。このフェライトの性質を変えることのできる合金元素として知られているのがニッケルである。とくにニッケルを9%含んだ9%ニッケル鋼および5.5%含んだ5.5%ニッケル鋼(通称五半ニッケル鋼)が低温用鋼として開発された。ニッケルが鋼に添加されるとオーステナイトが安定となり,かなりの量のオーステナイトが未変態のまま残留する。この残留オーステナイトは,外力が作用したときマルテンサイトに変態して塑性ひずみを生成し,外力系のエネルギーを吸収して,部材内部の応力を緩和する作用がある。積極的に鋼中に残留オーステナイトを存在させて,使用中の外界からの衝撃に耐えるように成分を設計した鋼をTRIP鋼transformation induced plasticity steelと呼ぶ。ニッケル鋼の優れた低温靱性は,このようなニッケル添加によるフェライトの脆性の軽減と,オーステナイトの残留の効果によるものと考えられる。
執筆者:木原 諄二
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引張り強度(破断に耐える最大応力)が500~1000メガパスカル程度、降伏点(引張りにより塑性変形が突如始まるときの応力)が300メガパスカル以上の鋼板。低合金高張力鋼ともいう。俗称ハイテン。鋼の強さは炭素含有量の増加に伴い向上するが、溶接性が低下する。そこで炭素量を0.2%以下にして、マンガン、ケイ素、クロム、モリブデン、バナジウム、チタン、ニオブ、ホウ素などを少量添加した、溶接可能で靭性(じんせい)の高い鋼板、すなわち高張力鋼がつくられた。500~600メガパスカル級高張力鋼は熱間加工のままで使用されるが、700メガパスカル級以上の高張力鋼は赤熱状態から焼入れ後650℃付近で焼戻しを行って使用される。前者(非調質鋼)は比較的安価であり、橋梁(きょうりょう)、石油貯蔵タンクなどに多量に用いられる。後者(調質鋼)は産業機械、大型車両、都市ガスタンク、液化天然ガス貯蔵タンク、長大橋などに使用される。高張力鋼を使用すれば構造材の肉厚を薄くすることができるので、重量的にも空間的にもきわめて有利であるが、使用中腐食による危険が増す。リン、銅、クロムを添加してこの点を改善したものが耐候性鋼、耐海水鋼などである。液化ガス工業の発展に伴い、低温での靭性を改善する目的でニッケルやニオブを添加した低温用鋼が開発された。また2000年代に入り、厚鋼板をおもな対象として、従来鋼の2倍以上の強度や寿命の超鉄鋼材料ultra steelが開発された。
[須藤 一]
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…しかし,これらの区別は必ずしも明確ではなく,共存する他元素の種類,濃度によっても変化する。強度を基準として,引張強さ50kgf/mm2以上のものを高張力鋼,以下のものを普通鋼とする分類もある。また使用原料(例,ヘマタイト銑),製錬法(例,木炭銑,高炉銑,平炉鋼),製品の特性または使用目的(例,磁石鋼,耐熱鋼),破面(例,白銑,灰銑)などが根拠となり,これらの分類を用いることが便利な場合もある。…
※「高張力鋼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...
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