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高木貞治 たかぎていじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高木貞治
たかぎていじ

[生]1875.4.21. 岐阜
[没]1960.2.28. 東京
数学者。東京大学を卒業 (1897) 後,ドイツへ留学 (98) 。ベルリン大学で G.フロベニウス,1900年にはゲッティンゲン大学で F.クラインや D.ヒルベルトに師事。ここで「クロネッカーの青春の夢」といわれる問題のうちの,ガウス数体の虚数乗法に関する問題を解決した。 01年に帰国。東京大学教授 (1904~36) となり,類体論の研究に取組み,ヒルベルトの代数的整数論に関する報告のなかで問題になった相対アーベル体の問題を完成した。こうして 20年に発表された「高木の類体論」は,日本の数学を世界的なレベルに引上げた。 29年オスロ大学名誉博士,40年文化勲章受章,51年文化功労者となる。主著に『代数学講義』 (30) ,『初等整数論講義』 (31) ,『解析概論』 (38) ,『代数的整数論』 (48) ,『数の概念』 (49) ,『近代数学史談』『数学の自由性』 (49) などがある。

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デジタル大辞泉の解説

たかぎ‐ていじ〔‐テイヂ〕【高木貞治】

[1875~1960]数学者。岐阜の生まれ。東大教授。代数学における類体論を研究、日本の数学が国際的に認められる基礎を築いた。著「解析概論」「代数的整数論」など。

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百科事典マイペディアの解説

高木貞治【たかぎていじ】

数学者。岐阜県生れ。東大卒業(1897年)の翌年ドイツに留学し,I.L.フックス,フロベニウスヒルベルトらに学ぶ。1904年―1936年東大教授。1920年世界に先がけて代数的整数論における類体論を完成。
→関連項目クロネッカー

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高木貞治 たかぎ-ていじ

1875-1960 明治-昭和時代の数学者。
明治8年4月21日生まれ。31年ドイツに留学,ヒルベルトらにまなぶ。帰国後の37年東京帝大教授。大正9年「相対アーベル体の理論について」(高木の類体論)を発表し,世界的にみとめられた。昭和15年文化勲章。学士院会員。昭和35年2月28日死去。84歳。岐阜県出身。帝国大学卒。著作に「解析概論」「代数的整数論」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

たかぎていじ【高木貞治】

1875‐1960(明治8‐昭和35)
日本最初の世界的数学者として知られる。岐阜県に生まれ,三高を経て1897年東京帝国大学卒業。在学中藤沢利喜太郎のセミナリー演習録に《アーベル方程式について》を発表。98年より3年間ドイツに留学。ベルリンおよびゲッティンゲン大学に学び,ゲッティンゲンで始めた虚数乗法論に関する研究により,1903年理学博士の学位を得た。1900年東大助教授,04年同教授。第1次世界大戦中より,代数体のアーベル拡大の数論についての研究を進め,20年《東大紀要》に発表。

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大辞林 第三版の解説

たかぎていじ【高木貞治】

1875~1960) 数学者。岐阜県生まれ。東大教授。整数論におけるヒルベルトらの類体の概念を拡張、一般化して、類体論において業績をあげる。著「解析概論」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高木貞治
たかぎていじ
(1875―1960)

数学者。岐阜県大野郡数屋(かずや)村(現、本巣(もとす)市)の生まれ。岐阜県尋常中学校、京都の第三高等中学校を経て、1894年(明治27)東京の帝国大学理科大学数学科に入学し、菊池大麓(だいろく)、藤沢利喜太郎(りきたろう)のもとで学んだ。1897年、卒業して大学院に進み、早くも翌1898年には、当時の日本としては水準の高い『新撰(しんせん)算術』『新撰代数学』という2冊の数学書を著した。同年から文部省の留学生としてドイツに渡り、ベルリン大学、ゲッティンゲン大学に学び、ことにヒルベルトに大いに刺激を受けて代数的整数論の研究を志した。そして「クロネッカーの青春の夢」とよばれる虚数乗法に関する未解決の問題について、基礎体がガウスの数体の場合に解決した。1901年(明治34)帰国、東京帝国大学理科大学助教授となり、1903年学位を取得、翌1904年教授となった。高木の名を世界的にしたのは、1914年(大正3)から研究を始め、1920年に発表された「高木の類体論」である。相対アーベル体は類体であるという定理を中心とするその理論は、代数的整数論における20世紀最高の業績の一つである。1936年(昭和11)東京帝国大学を退職、1940年文化勲章を受けた。著書に『解析概論』『代数的整数論』がある。なお、故郷である本巣市の糸貫(いとぬき)老人福祉センターには高木貞治博士記念室があり、遺品が展示されている。[内田 謙]
『『解析概論』改訂第3版(1983・岩波書店) ▽高木貞治著『数学小景』(岩波現代文庫) ▽高木貞治著『近世数学史談』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内の高木貞治の言及

【数学】より

…その解決に日本の数学者が直接,間接に寄与しているものも少なくない。とくに数論に関するもの二つは高木貞治の提唱した類体論によって解決された(1920)。 ヒルベルトは代数学の不変式論の研究から出発し,幾何学基礎論,ついで数論,積分方程式論,ポテンシャル論などの研究に移り,晩年は数学基礎論に専念した。…

【類体論】より

…19世紀の終りころに,D.ヒルベルトが基本的な予想を提出し,1920年ころに高木貞治が一般的な証明を与えた代数体の整数論における重要な理論。ヒルベルトは,代数体の拡大K/kの中で,とくに相対アーベル拡大,すなわち,そのガロア群がアーベル群であるようなガロア拡大の一般論を構成することおよびそのような観点から相互法則を研究することを提唱し,拡大次数が2の場合にその理論を展開した。…

※「高木貞治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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