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高橋草坪 たかはし そうへい

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美術人名辞典の解説

高橋草坪

江戸後期の南画家。豊後生。名は雨、通称は元吉、字は沢民。幼少の頃より画を好み、のち田能村竹田に師事した。天保4年(1833)歿、32才。

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百科事典マイペディアの解説

高橋草坪【たかはしそうへい】

江戸後期の南画家。名は元吉。草坪は号。九州杵築に生まれ,杵築に来遊中の田能村竹田に入門,師とともに上洛(じょうらく)。竹田譲りの南画技法に鋭敏な感受性を盛り込んだ清雅な作品を描いたが,若死した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高橋草坪 たかはし-そうへい

1804-1835 江戸時代後期の画家。
文化元年4月5日生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)の商家に生まれる。19歳の時,同地を旅行中の田能村竹田の弟子となる。竹田や篠崎小竹にその画才をみとめられたが,天保(てんぽう)6年2月3日早世した。32歳。名は雨。通称は元吉。別号に錦江外史。作品に「耶馬渓図巻」「筍竹蜻蜓図」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高橋草坪

没年:天保4(1833)
生年:享和2?(1802)
江戸後期の南画家。名は雨。字,号ともに草坪。生年については享和3(1803)年,文化1(1804)年とする説,没年も不明とする説もある。豊後(大分県)杵築の商家真木屋の次男。同地旅行中の田能村竹田に19歳で入門。翌年には竹田に従って上京,その後も竹田と共に旅行することが多かった。竹田は著書『竹田荘師友画録』のなかで,よく出来た作品は自分もおよばないと記すほどにその才能を認め愛したが,病を得て早世。作品は「筍竹蜻蜒図」(個人蔵),「牡丹図」(本間美術館蔵)のような清雅な趣のあるものから,「花鳥図」(東京国立博物館蔵)のような重苦しいものもある。死後万延1(1860)年に『集古草坪画式』が出版された。

(星野鈴)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たかはしそうへい【高橋草坪】

1804?‐35?(文化1?‐天保6?)
江戸後期の文人画家。豊後杵築の商家に生まれる。名は雨,字は元吉。年少より絵を好み,19歳でこの地に来遊した田能村竹田の門に入り,以後竹田の側近くにいてよく学んだが,その画風は著しく個性的で,師竹田とは異なった魅力を発揮した。生没年については諸説あり,享年も31歳,32歳,33歳の各説があって定まらない。夭折の個性派文人画家であったといえる。著書に《草坪画式》がある。【佐々木 丞平】

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高橋草坪
たかはしそうへい

[生]享保2(1802)頃.豊後
[没]天保4(1833)頃.豊後
江戸時代後期の南画家。豊後,杵築 (きつき) の商家の出身。草坪は号。名は雨,通称は元吉。 19歳のとき田能村竹田の門に入り,師とともに旅を重ね,画技を磨いて門弟中最も嘱望されていたが,胸を病み竹田に先立って早世。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高橋草坪
たかはしそうへい
(1802/1803―1833)

江戸後期の南画家。名は雨(う)、通称は元吉、字(あざな)を草坪といい、錦江(きんこう)外史と号する。豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)の商家に生まれる。1822年(文政5)同地を旅行中の田能村竹田(たのむらちくでん)に画才をみいだされ、その門に入った。竹田の東遊に同道し、京坂にもその名を知られたが天保(てんぽう)4年に夭折(ようせつ)。享年は31歳と32歳説とがある。画(え)は重苦しい感じの山水もあるが、『筍竹蜻蜒図(じゅんちくせいえんず)』のような繊細な美しさをもった花鳥画にみるべきものがある。[星野 鈴]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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