精選版 日本国語大辞典 「た」の意味・読み・例文・類語
た
〘助動〙 (活用は「たろ(たら)・〇・た・た・たら・〇」。文語の助動詞「たり」の連体形「たる」の変化したもの。活用語の連用形に付く。イ音便の一部と撥音便に付く場合は、濁音「だ」となる) 過去あるいは完了の意を表わす。
① 動作・作用が過去の事柄であることを表わす。
※為忠集(鎌倉中か)「時きぬとふる里さしてかへる雁こぞ北みちへまたむかふなり」
② 動作・作用がちょうど完了したこと、また、その結果が現在継続していることを表わす。
※平家(13C前)四「先陣が、橋をひいたぞ、あやまちすな。橋をひいたぞ、あやまちすなと、どよみけれ共」
※歌舞伎・姫蔵大黒柱(1695)一「俺が顔に此の中は面皰(にきび)が出来た」
③ 現在の事態についての強調や確認、また、未来の完了などを表わす。
※歌舞伎・一心二河白道(1698)一「万一の事が有った時は、兵衛殿より怨を受くると云ふもの」
④ (終止形だけの用法)
(イ) 強い決意や断言を表わす。
(ロ) 軽い命令を表わす。
※浄瑠璃・博多小女郎波枕(1718)下「急ぎの者じゃ増(まし)やらふ、サア駕籠(かご)やった」
⑤ (連体形だけの用法) ある状態が継続していることを表わす。連体修飾語となって、体言の状態・性質などを形容する場合に多く用いる。…ている。…てある。近世以前には、連体形以外にも。
※天草本伊曾保(1593)イソポの生涯の事「カノ、ツマノ、comoriirareta(コモリイラレタ) イエノ アタリエ イッテ」
※歌舞伎・業平河内通(1694)二「なんぞかわったみやげをと存まして」
⑥ (仮定形だけの用法) 接続助詞的に用いる。
(イ) 動作・作用の完了したときを仮定する。文語の仮定表現「たらば」を受けつぐもので、現代語では、「ば」を伴わないのが普通である。
(ロ) 過去の事実に反することがらを仮定する。
※天草本平家(1592)四「コノヤウニ アラウト xittaraba(シッタラバ) カネヒラヲ セタエ ヤルマジイ モノヲ」
(ハ) 過去においてある動作が完了したことを表わし、「…たところ」「…と」の意を表わす。文語の已然形「たれ」に助詞「ば」の付いた「たれば」が「たりゃ」を経て変化したものか。
※歌舞伎・幼稚子敵討(1753)口明「誰様じゃと思ふたら官様か」
(ニ) (終助詞的に用いる) 相手が言うことを聞かないために同じ言葉を繰り返し発して念を押すときに用いる。
※歌舞伎・小袖曾我薊色縫(十六夜清心)(1859)大詰「これさ、待ちねへと言ったら。ヲヲイヲヲイ親仁(おやじ)殿」
(ホ) (「…と言ったらない」を省略した言い方) あまり…するので驚いた、ということを表わす。→ったら。
※美しい村(1933)〈堀辰雄〉序曲「山鶯だの、閑古鳥だのの元気よく囀ることといったら!」
[語誌](1)①の挙例「為忠集」は「来た」と「北」との掛詞とみられるが、さらに、「金葉‐連歌・六四〇」の「あづま人の声こそ北に聞こゆなれ〈永成〉 みちのくによりこしにやあるらん〈慶範〉」の「北」も方角を示す「北」と「来た」との、「こし」は「越」と「来し」との掛け詞と見られ、詞書の「ゐたりける所の北のかたに、声なまりたる人のものいひけるを聞きて」と合わせて考えると、都の「来し」に対して「来た」は「あずまことば」と見なされていたようである。「平家物語」では、武士のことばに多くみられる点なども、このことを裏書きしているといえよう。
(2)⑥について、(イ)(ロ)はタレバ→タリャの音転訛とみる説もあるが、文語の仮定表現を受け継ぐものと考えられる。一方、(ハ)は近世後期になって発達した用法で、確定表現のタレバからの音転訛とみられる。ただし、仮定の「たら」と意識の上で混同する場合もあったようで、確定表現でありながら「たらば」の形をとることがあるのは、その現われと言えよう。
(2)⑥について、(イ)(ロ)はタレバ→タリャの音転訛とみる説もあるが、文語の仮定表現を受け継ぐものと考えられる。一方、(ハ)は近世後期になって発達した用法で、確定表現のタレバからの音転訛とみられる。ただし、仮定の「たら」と意識の上で混同する場合もあったようで、確定表現でありながら「たらば」の形をとることがあるのは、その現われと言えよう。
た
〘名〙 「ため(為)」の古い語形か。「の」「が」を伴う句を受けて、それにかかわることを示す。…のため。多くは助詞「に」を伴って「たに」の形で用いる。
※万葉(8C後)五・八〇八「龍の馬を吾は求めむあをによし奈良の都に来む人の多(タ)に」
た
係助詞「は」が、入声音(にっしょうおん) t で終わる字音語の下に来て連声を起こしたもの。能狂言に多く見られるが表記面にまでは現われない。
※虎寛本狂言・末広がり(室町末‐近世初)「それならば求度う御ざるが代物は(だいもっタ)いかほどで御座る」
た
〘接頭〙 動詞・形容詞・副詞などの上に付けて、語調をととのえる。「た謀る」「た易い」など。
※書紀(720)応神二二年四月・歌謡「誰か 多佐例(タされ)放(あら)ちし 吉備なる妹を 相見つるもの」
た
格助詞「と」に係助詞「は」の付いた「とは」の変化したもの。「たあ」と長音にも用いる。
※不如帰(1898‐99)〈徳富蘆花〉上「彼が坂東太郎た見えないだらう」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報